食品の消化挙動を観察・評価できるヒト胃消化シミュレーターの実用化

要約

胃内環境が定量的に模擬されたヒト胃消化シミュレーターを用いることにより、ぜん動運動に伴う食品の胃内消化挙動を観察・評価できる装置である。本装置は、多種多様な食品等の胃内消化試験に有用である。

  • キーワード:ヒト胃消化シミュレーター、ぜん動運動、消化性評価、食品、直接観察
  • 担当:食品研究部門・食品健康機能研究領域・食品物理機能ユニット
  • 代表連絡先:
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

我が国における国民の食生活の質の向上には、超高齢社会の現状を踏まえたうえで、世代別個人の健康状態に対応可能な食品の開発が有効と考えられる。摂食後の消化管内プロセスを総合的に考慮した新たな食品の設計に対するニーズが、年々高まりつつある。主要な消化器官である胃は、食塊(咀嚼により形成される食品と唾液の混合物)の貯蔵、殺菌、消化機能を有している。胃内消化は、食品の消化・吸収に大いに影響する因子である。胃のぜん動運動は、食塊の物理的微細化および食塊と胃液の混合等、胃内消化に重要な役割を担っているが、ぜん動運動に伴う胃内消化挙動を適切かつ簡易的に評価できる装置は存在しなかった。近年、我々は、ヒトの胃壁で起きるぜん動運動に関する知見が定量的に模擬されたヒト胃消化シミュレーター(GDS, Gastric Digestion Simulator)を開発し、食品の消化挙動の直接観察による可視化も実現した。本研究では、in vivo試験データとの比較によるGDSの特性解析を行うとともに、GDSの実用化に資する複数の装置改良を行う。

成果の内容・特徴

  • 硬さの異なる球状寒天ゲル(各10個、直径13.2 mm)のヒト胃内での消化挙動に関する既報文献があるため、本研究では、GDSを用いてin vivo試験と同様の球状寒天ゲルの消化挙動を解析する。GDS試験において、崩壊したゲルと未崩壊のゲルの数が半々になる時間である半減期(t1/2)を測定し、既報のin vivo試験データ(Marciani et al. (2001) Am. J. Physiol. Gastrointes. Liver Physiol. 280: G849-G899)と比較する。寒天ゲルの物理的な消化挙動である微細化は、破断荷重が0.65 Nと0.78 Nの間で急激に遅延し(図1)、ヒトの胃の核磁気共鳴画像法(MRI [Magnetic Resonance Imaging])画像解析により得られた既報の結果と同様である。以上の結果より、GDSは、ヒトの胃と同程度の物理的環境を再現可能であることがわかる。
  • 初期型のGDSは回分式であり、装置に装備された消化試験用容器の内部で消化試験が完結する。ヒトの胃により近い環境での消化試験を可能にするために開発された連続式GDS(図2)には、人工胃液の自動供給機構および胃消化物の自動排出機構が付与されている。
  • GDSに供試してきた食品試料の構造・力学特性および構成成分の影響に関する解析結果を踏まえ、消化試験用容器の傾斜機構(図3)を付与することにより、実際の胃の下部(幽門部)により近い環境での消化試験を実現できる。
  • 従来のGDSは卓上型のみである。実験台のない場所等への設置が可能な床置き・可動型GDS(図4)の開発により、装置下部のスペースが増大し、排出された胃消化物の自動採取装置の設置も可能になる。
  • 本成果を利用することにより、定量的に模擬された胃のぜん動運動が駆動する条件下で、多種多様な食品の胃内消化挙動を観察・評価することができる。

普及のための参考情報

  • 普及対象:食品製造事業者、医薬品製造事業者
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:全国
  • その他:
    ぜん動運動の存在下で食品が消化される挙動を観察できる装置であり、ヒト体内での消化・吸収をそのまま再現しているものではない。株式会社イーピーテックから2020年9月に発売されたヒト胃消化シミュレーター(回分式、連続式)は、基本特許の実施許諾契約により上記研究成果が実用化されたものである。

具体的データ

図1 球状寒天ゲルの硬さが微細化挙動に与える影響 左:GDSに投入した球状寒天ゲル;右:GDS(in vitro試験)による結果,図2 ヒト胃の幽門部を模擬した連続式GDSの全体構成,図3 消化試験用容器の傾斜機構を付与した実用型GDS,図4 可動型・床置きGDSの全体構成

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2016~2020年度
  • 研究担当者:小林功、市川創作(筑波大)、神津博幸(筑波大)、王在天(筑波大)、植村邦彦
  • 発表論文等:
    • Wang Z. et al. (2021) Food Hydrocoll. 110:106166
    • Kozu H. et al. (2017) Biochem. Eng. J. 120:85-90
    • 小林ら(2018)日本食品科学工学会誌 65:543-551
    • 小林ら「胃モデル装置」特許第6168585号(2017年7月7日)