高圧処理により損傷した枯草菌の回復機構

要約

高圧処理された細菌ではリボゾームが損傷しているため、再び増殖を開始するには損傷したリボゾームを分解し、新たに再合成する必要がある。リボゾームの再合成を阻害することにより高圧損傷菌の再増殖を抑止する新たな微生物制御法の開発が期待できる。

  • キーワード:高圧処理、損傷菌、リボゾーム、枯草菌、マンガン、亜鉛
  • 担当:食品研究部門・食品生物機能開発研究領域・微生物機能ユニット
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

殺菌処理によって生じる損傷菌は時間の経過とともに回復し再増殖するため、食品衛生上の重要な問題である。近年、高圧加工食品市場は急激に拡大しているが、細菌を高圧処理することによっても損傷菌が生じる。しかしながら、加熱損傷に関する知見と比較して高圧損傷に関する知見は極めて少なく、高圧処理によって生じる損傷菌の制御法の開発が急務となっている。本研究は、枯草菌栄養細胞の高圧損傷菌において増殖不能状態から回復するメカニズムをリボゾームの状態を検証することにより明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 細菌のリボゾームは大小2つのサブユニット(50Sおよび30S)からなり、70Sリボゾーム(活性型リボゾーム)としてタンパク質合成を担っている。
  • 活発にタンパク質合成が行われている増殖期の細胞内では、1つのmRNAに複数の70Sリボゾームが結合し、ポリソームを形成している。
  • 定常期の細胞内では、タンパク質合成が鈍化し、余剰の70Sリボゾームが二量体を形成して不活性型となっている。
  • 枯草菌の栄養細胞を高圧処理(250MPa、10分、25°C)した場合、ほとんどの細胞が生残しているが(図1A)、70Sリボゾームはほぼ消失しており(図1B)、回復培地(NaClを含まないLB培地)に懸濁しても一時的に増殖不能状態(損傷菌)となる。
  • 高圧損傷した枯草菌では解離した30Sおよび50Sリボゾームの分解が起こる(図1C 高圧処理後2時間)。
  • 高圧処理(250MPa、10分、25°C)した枯草菌は4時間以内にリボゾームを再生し、増殖可能となる(図1C 高圧処理後4時間)。
  • 高圧損傷菌はリボゾームを分解し、栄養源として利用していると考えられる。
  • MnCl2やZnSO4は高圧により損傷した枯草菌の回復を遅らせる(図2AおよびB)。
  • MnCl2やZnSO4はリボゾームの分解を阻害する(図2C 3hおよび4hでの50Sの量を比較)。
  • ZnSO4はリボゾームを二量体(不活性型リボゾーム)化して構造を安定化し、リボゾームの分解を阻害する(図2C 2h:硫酸亜鉛添加時のみ出現するピーク)。

成果の活用面・留意点

  • リボゾームの分解・再生は全ての高圧損傷菌で起こる普遍的現象である。
  • ZnSO4は食品添加物としての利用が認められており、実際に利用可能な濃度で高圧損傷した枯草菌の回復を遅らせることができる。
  • リボゾームの分解阻害は、リボゾーム分解に関わる因子(RNaseやプロテアーゼなど)の阻害により可能である。
  • リボゾームの分解阻害は、リボゾームの二量体化による構造安定化によっても可能である。
  • 高圧処理条件により細胞の損傷状態も異なることから、注意が必要である。
  • 圧力感受性は菌株によっても異なることから、十分な検討が必要である。
  • ZnSO4によるリボゾームの二量体化は枯草菌特有の現象である可能性もある。

具体的データ

図1 枯草菌栄養細胞における高圧処理の影響,図2 高圧力処理により損傷した枯草菌の回復過程でのMnCl2とZnSO4の効果

その他

  • 予算区分:交付金、委託プロ「食の安全・動物衛生プロ」(2013~2017)
  • 研究期間:2013~2019年度
  • 研究担当者:稲岡隆史、赤沼元気(学習院大)、Nguyen Thi Minh Huyen(IBT-VAST)、中井雄治(弘前大)、木村啓太郎、山本和貴
  • 発表論文等:
    • Inaoka, T. et al. (2017) Biosci. Biotechnol. Biochem. 81:1235-1240
    • Nguyen, H. T. M. et al. (2020) Appl. Environ. Microbiol. doi: 10.1128/AEM.01640-19.