草食動物と肉食動物の生物量を予測できる食物網新数理モデルの作成

要約

農地等様々な生態系で、害虫(草食動物)と天敵(肉食動物)の生物量や作物(植物の被害量を具体的な数値として予測できる新数理モデルである。本数理モデルは耐虫性遺伝子の野外効果予測や、新害虫防除技術開発に応用可能である。

  • キーワード:食物網数理モデル、害虫発生量予測、作物被害予測、耐虫性遺伝子野外効果予測、新害虫防除技術開発
  • 担当:生物機能利用研究部門・昆虫機能利用研究領域・昆虫植物相互作用ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-7007、029-838-6087
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

最近の研究により、植物に多様な耐虫性遺伝子や物質が存在することが知られている。しかし、実験室環境で効果がある耐虫性遺伝子・物質が、野外の圃場条件下でどれだけ害虫を減らす効果があるかを、定量的に事前に予測する方法はこれまで無い。特に、多くの植物に含まれ、害虫を殺す効果はないが、害虫の消化率の低下や成長速度の遅延を引き起こす消化阻害物質が、野外の圃場で害虫被害を軽減する効果の予測が困難であるだけでなく、なぜ野外で被害軽減効果があるかさえも合理的説明できていない。
この問題の解決には、種々の農地環境で害虫(草食動物)の発生量、天敵昆虫(肉食動物)の量および作物被害の程度を、物理単位付き量として具体予測できるモデルが必要である。
そこで、草食動物、肉食動物の具体的な単位面積当たりあるいは単位体積当たりの生物量を、g/m2やg/m3のような数量で求められる数理モデルの確立を試みる。

成果の内容・特徴

  • 生態系中の草食動物と肉食動物の生物量を、具体的な物理単位付きの量として予測できる、食物網新数理モデルである(図1)。本数理モデルでは、生態系のなかで「食う?食われる」関係にある植物--草食動物?肉食動物の間でやりとりされる栄養物質のひとつである「タンパク質の流れ」に注目する。さらに草食動物と肉食動物に関し、栄養物質の出入りが釣り合う平衡値に注目し、単位体積(面積)当たりの草食動物・肉食動物の生物量をタンパク質量(g/m3、g/m2)として求めた上で、草食動物の「エサを食べる速度」や「成長速度」、肉食動物による「獲物の探索範囲」や「捕獲率」、動植物の「栄養価」など、定義された諸因子の間の量的な関係性を数学的に記述する。
  • 作成したモデルでは、植物や動物の栄養価、草食動物のエサ(植物)を食べる速度や成長速度、肉食動物による獲物(草食動物)の探索面積や捕獲率などをもとに、単位体積(面積)あたりの草食動物や肉食動物の生物量2)(g/m3、g/m2)を予測できる(図2)。
  • 本モデルによる予測の精度は高く、森林やサバンナの草食動物や肉食動物の生物量を10倍以内の誤差で予測できる。また、本モデルを農業生産での例に適用すると、アシナガバチや小鳥などの天敵が存在し、働いていれば、害虫による作物の被害量は年間約数%に低くなることも予測される。
  • 本モデルを用いることで、作物中の消化阻害物質や天敵の導入による防虫効果(害虫の減少量)を正確に予測することが可能であり、効果的な害虫防除技術の開発に役立つ。
  • 本モデルから、肉食動物(天敵)が存在して食物連鎖が働く環境下では、消化阻害物質によって害虫を「殺さずとも成長を遅らせる」だけで、作物被害が減ることが予測される。具体的には消化阻害によって害虫の成長速度(時間当たりの体重増加量)を50%減らすことが出来れば、被害(作物が食べられる割合)は23~62%減ると予測される。一方で、互いを食べあうような複数種の天敵を導入した場合には、単独種の天敵を導入した場合に比べて、かえって害虫が増えて作物被害が増えるケースも予測される。

成果の活用面・留意点

  • 本数理モデルは、耐虫性遺伝子による消化率の低下や植物の栄養価、天敵の探索効率などの生理・生態的因子から、害虫の発生量や植物の被害量を予測できるため、害虫防除技術の開発方針を確立する際に役立つ。
  • 自然の食物網の働きに頼る減農薬栽培が、どのような状況下で可能かの予測に役立つ。
  • 地中(土壌)生態系や水圏生態なども、地上生態系同様に、植物(腐植・植物プランクトン等)-草食動物(バクテリア・動物プランクトン等)-肉食動物(アメーバ・魚類等)の食物網が成り立つ。よって本モデルは、土壌生態系における有機物の無機化や養分の流れ、或いは水圏生態系における動物量(水産資源量)の予測などを通じて、幅広く農業や水産業への応用が可能である。
  • 本モデルは農業生態系に限らず、希少な動物の保護の取り組みや、温暖化や二酸化炭素濃度などの環境変化の影響の評価など、広く一般の生態系の予測にも応用可能である。

具体的データ

図1. 草食動物と肉食動物の生物量を予測できる食物網新数理モデルの構造?図2. 草食動物(害虫)生物量を予測する式(kg/m3、タンパク質として)

その他