オオムギ(Hordeum vugare L.)の休眠を制御する新たな仕組みを発見
要約
オオムギ種子の発芽を一定期間休止させる休眠性遺伝子「Qsd1(キューエスディーワン)」の配列を特定。Qsd1は種子胚の中で作用し、植物種子の休眠性では報告のないアラニンアミノ酸転移酵素を制御することで、休眠を制御している。
- キーワード:穂発芽、麦芽製造、醸造、栽培起源、ゲノム
- 担当:次世代作物開発研究センター・基盤研究領域・遺伝子機能解析ユニット
- 代表連絡先:電話 029-838-7007
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
オオムギの祖先である野生オオムギは中東を中心に自生し、春に成熟した後夏の数ヶ月間高温乾燥を耐えるために発芽を休止し種子の状態で過ごす(休眠)。栽培オオムギには野生オオムギと同様な長い休眠を示す品種と、さほど休眠を示さない品種があるが、休眠の長短は収穫期の穂発芽の防止や、麦芽製造の斉一性など育種的観点から極めて重要な性質である。本研究は休眠遺伝子を単離してその働きを解明し、オオムギの品種育成に有用なマーカーを開発する事を目指したものである。
成果の内容・特徴
- 休眠の長い野生オオムギ(H602)と休眠の短いビールやウイスキー用の醸造用オオムギ「はるな二条」(J247)の種子休眠性の違いに関わる主要な遺伝子はQsd1である。このQsd1遺伝子は図1に示すとおり穂発芽の長短を決定する大きな作用を持っている。
- このQsd1遺伝子はアラニンアミノ基転移酵素をコードしている。オオムギにはアラニンアミノ基転移酵素遺伝子がQsd1を含めて5種類あるが、Qsd1は植物全身では発現せず、図2に示すよう種子胚でだけ発現する。本遺伝子が胚で特異的に作用することで、アラニンの代謝を制御し、種子の休眠の長さを調節する仕組みを持つ(図3)。アラニンアミノ基転移酵素遺伝子が休眠に作用するという報告はこれまでにない。
- 世界中から集めた野生オオムギと醸造用オオムギのQsd1遺伝子配列を比較すると、はるな二条やハルビン二条など醸造用オオムギのグループではアラニンアミノ基転移酵素のE9の一箇所のアミノ酸がL(ロイシン)からF(フェニルアラニン)へ共通の変異をして、休眠を短くしている(表1)。進化系統解析の結果、醸造用オオムギの祖先はイスラエル付近の野生オオムギに起源する(系統樹は省略)。これらの野生オオムギはその後、休眠が野生オオムギ程度に長い栽培化初期のオオムギ(Khanaqin 1など)、次に休眠が中程度の栽培オオムギ(Katana 1など)と段階的に変異を蓄積し、最終的にチェコや英国を中心とした地域で醸造用オオムギとして改良される際に休眠が極めて短くなったことがQsd1配列からわかる(表1)。
成果の活用面・留意点
- 本研究成果であるQsd1遺伝子型は育種家にとって画期的なDNAマーカーであり、これを利用した確実な選抜によって休眠性の長短を制御し、発芽の斉一な醸造用や穂発芽に強い飼料用など目的に応じたオオムギ品種を育成することが可能となる。また多様なDNA配列情報は休眠効果中程度なQsd1遺伝子型の活用を可能にする。
- もう一つのオオムギ休眠性遺伝子Qsd2(SD2)との組み合わせにより、より多様な育種デザインが可能となる。
- オオムギ休眠性遺伝子Qsd1, Qsd2の相同な遺伝子はコムギにも存在する。これらコムギ相同遺伝子はコムギ育種の新たな遺伝子資源として重要である。育成が強く望まれている休眠性極強コムギの育成に今後活用されるべきで、その試みが進行している。
具体的データ
その他
- 予算区分:委託プロ(次世代ゲノム)
- 研究期間:2013~2016年度
- 研究担当者:小松田隆夫、田切明美、金森裕之、松本隆、佐藤和広(岡山大学資源植物)、武田和広(岡山大学資源植物)、山根美樹(岡山大学資源植物)、山地奈美(岡山大学資源植物)、Julian G. Schwerdt(アデレード大学)、Geoffrey B. Fincher(アデレード大学)
- 発表論文等:Sato K. et al. (2016) Nat. Commun. 7:11625. doi:10.1038/ncomms11625