カンキツ類の多胚性識別のためのDNAマーカー

要約

種子親と相同なゲノムを持つ体細胞胚を形成するカンキツの多胚性は胚の初期化に関わるCitRKD1遺伝子に制御される。この原因遺伝子の上流域に挿入されたトランスポゾンの有無に基づいて、単胚性と多胚性を容易に判定できる。

  • キーワード:カンキツ、多胚性、アポミクシス、DNAマーカー、トランスポゾン
  • 担当:果樹茶業研究部門・カンキツ研究領域・カンキツゲノムユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-6436
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

カンキツ類には種子中に種子親と相同なゲノムを持つ体細胞胚を形成するアポミクスという現象が見られる。この現象は種子内に交雑胚に加え、複数の体細胞胚が形成されることから多胚性と呼ばれている。多胚性はカンキツの交雑育種において交配組み合わせを限定する要因となっており、多胚性の品種を種子親に用いると、生育した実生個体のほとんどが種子親のクローン個体となり、交雑個体を獲得することが困難となる。このため、DNAマーカーにより芽生えの段階で胚性を評価し、多胚性を持つ実生個体を淘汰することができれば、交配組み合わせを制限することなく、優れた形質を集積しながら育種世代を進めることが可能となる。そこで本研究では、カンキツの多胚性を制御する原因遺伝子を単離し、原因遺伝子のゲノム構造に基づいたDNAマーカーを開発する。

成果の内容・特徴

  • 多胚性を制御する遺伝子座のドラフトシーケンス内の79個の予測遺伝子の中からマイクロアレイ解析により原因遺伝子を探索したところ、CitRKD1は多胚性の「はるみ」の開花後15日から60日の幼果実において単胚性の「清見」より高発現している(図1)。
  • CitRKD1はモデル植物のアラビドプシスで報告されている胚の初期化に関わるRKD遺伝子と相同性があり、多胚性の種子を持つオレンジの内在性遺伝子の転写を遺伝子組換え技術でノックダウンすると、単胚様の種子が形成される。この種子から生育した個体をDNA分析したところ種子親と異なるゲノムを持つ交雑個体であることから、CitRKD1が多胚性を制御する原因遺伝子と考えられる(図2)。
  • 多胚性の品種のCitRKD1の上流域にはminiature inverted-repeat transposable element(MITE)型のトランスポゾンが挿入されており、この挿入が遺伝子発現の制御に関与していると考えられる。MITE型のトランスポゾンが挿入されたCitRKD1を対立遺伝子に持つカンキツ類は多胚性の種子を形成し、挿入のない対立遺伝子をホモ型に持つカンキツ類は単胚性の種子を形成する(図3)。
  • MITE型のトランスポゾンの挿入の有無を判別できるDNAマーカーを利用し、国内育成の95種類の品種や系統を調査すると、遺伝子型と胚性(多胚性/単胚性)は完全に一致することから、本DNAマーカーは幅広いカンキツ類について胚性の識別に利用できる(図4)。

普及のための参考情報

  • 普及対象:農業試験研究機関
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:カンキツ類の育種事業を実施する試験研究機関
  • その他:PCR反応はproof reading活性を持つ耐熱性DNAポリメーラーゼを使用することが望ましい。

具体的データ

図1 開花後15日から60日の幼果実におけるCitRKD1の遺伝子発現パターン,図2 CitRKD1の遺伝子発現をノックダウンした遺伝子組換えオレンジ,図3 CitRKD1の対立遺伝子の種類,図4 開発したDNAマーカーの電気泳動図

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2014~2018年度
  • 研究担当者:島田武彦、遠藤朋子、藤井浩、中野道治(静岡大農)、杉山愛子(静岡大農)、大同原野(静岡大農)、太田智、吉岡照高、大村三男(静岡大農)
  • 発表論文等:Shimada T. et.al. (2018) BMC Plant Physiology 18(1):166