経営面積拡大と所得拡大が両立できる中山間田畑複合経営モデルと技術的成立条件

要約

食用米生産・粗飼料用コーン作・白ネギ作を組み合わせた中山間複合経営モデルであり、経営面積202ha、専従者所得885万円/年/人が期待できる。その成立には高付加価値化と圃場内外作業の省力化(食用米)、水田畑地化(コーン作)、収穫・調製作業の省力化(白ネギ作)が必要である。

  • キーワード:食用米、粗飼料用コーン、白ネギ、中山間田畑複合経営モデル、技術的成立条件
  • 担当:西日本農業研究センター・営農生産体系研究領域・農業経営グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

圃場条件の不利性を抱え、農地縮小が顕著な中山間地域では、小面積でも高収益な労働集約型部門の展開が農業所得の拡大に有効だが、その場合は余剰農地が生じやすく、農地縮小が加速するおそれがある。したがって中山間地域では、農地を維持するための経営面積拡大と青壮年専従者を確保するための所得拡大の両立が困難かつ喫緊の課題であり、その両立には経営の複合化が不可欠である。
平均的米価の下落や畜産物需要の増加、労働力不足、狭隘な区画規模等の中山間地域農業の置かれた状況を踏まえると、高付加価値かつ省力的食用米生産、粗放的な飼料畑作、集約的な野菜作を組み合わせた複合経営がその有力候補として期待できるが、農業経営研究の分野ではあまり着目されることのなかった部門・技術構成であり、その経営成果と技術的成立条件については不明点が多い。
そこで、以上のような部門・技術構成により成立する営農モデル(中山間田畑複合経営モデル)を現場経営体の実態に基づき策定し、期待できる経営成果と技術的成立条件を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 策定された中山間田畑複合経営モデルは、経営面積202ha、専従者所得885万円/年/人・3,923円/時(885万円/2,256時間)という経営成果が期待できる(図1:M6)。
  • 中山間田畑複合経営モデルの技術的成立条件は、(1)食用米生産における高付加価値化と圃場内外作業の省力化、「コシヒカリ」並みの品質とブランド力を備えた中生の食用米品種(以下、中生米)の開発、(2)畦畔除去を伴う水田畑地化等によるコーン作の積極的展開、(3)白ネギ作の収穫・調製作業の省力化による支払可能賃金の拡大、である。以上のような特徴をもつ中山間田畑複合経営モデルの策定プロセスは以下3の通り。
  • 本モデルの具体的部門・技術構成は、雇用型大規模法人であるT法人の先進性の組み込みと課題解決の視点から設定される(図2)。モデル策定に際しては、部門・技術別の導入効果が把握できるように、導入可能な部門・技術が異なる5つの経過モデル(M1~M5)と1つの最終モデルすなわち中山間田畑複合経営モデル(M6)から成るフローを設定し、各モデルの経営成果を整数計画法により試算する(表1、図3)。各部門・技術の導入効果は以下4~8の通り。
  • 食用米生産において、T法人の先進性の組み込みと中山間水稲作の課題解決すなわち高付加価値化と圃場内外作業の省力化が図られた場合は、慣行と比べ、経営面積は35.0haから80.0haに、専従者所得(年間1人当たり、以下同じ)は101万円から558万円に拡大する(図1:M1=>M2)。
  • 「コシヒカリ」並みの品質とブランド力を備えた中生米が導入され、早晩性の異なる3品種が適期に栽培されると、経営面積は99.8haに、専従者所得は725万円に拡大する(図1:M2=>M3)。
  • コーン作が積極的に展開可能な状態で導入されると、経営面積がほぼ倍の200haに、専従者所得は760万円に拡大する(図1:M3=>M4)。なお、コーン作において、畦畔草刈作業の労働時間(省力化後)が発生する状況下でM4を計測すると、コーン作は一切導入されない(図示無し)。したがってコーン作は、畦畔という湛水構造を持たない畑地での展開が必要となる。
  • 白ネギ作(慣行)が導入されると、865時間(2,270-1,405)多く働いて35万円(795-760)所得が増加する(図1:M4=>M5)。時間当たりでは405円/時間(35万円/865時間)の就農機会を提供するに過ぎない。時給制や月給制を仮定し、専従者への支払賃金を費用と見なした場合、この水準では、白ネギ作は赤字の可能性が高い(図2:T法人の課題c)。
  • 一方、白ネギ作が省力化(収穫・調製時間が半減)された場合は、追加的労働時間と所得は、851時間(2,256-1,405)と125万円(885-760)である(図1:M4=>M6)。時間当たりでは1,469円/時(125万円/851時間)に拡大し、T法人の課題c(図2)は解消される可能性が高い。

成果の活用面・留意点

  • 中山間地域で、経営面積拡大による農地維持と収益向上による専従者確保とを両立できる営農類型とその成立に必要な技術開発方向を考える際の指針として活用できる。
  • T法人の部門・技術構成は、中山間田畑複合経営モデルを策定する上で有益な示唆を与える一方、T法人が主に営農を展開する地域全体の傾斜は比較的緩やかである。したがって本モデルは、中山間地域の中でも比較的傾斜の緩い地域での適用が想定される。
  • 社会経済的成立条件(例:コーン作について、水田畑地化に対する地域内の合意形成、収穫・調製作業の委託先、出来上がったロールの販売先の確保等)は別途、検討が必要である。
  • 白ネギは冬季の所得機会確保のための冬野菜の位置づけであり、他の冬野菜も候補となる。

具体的データ

図1 経過モデル(M1~5)と中山間田畑複合経営モデル(M6)の試算結果,表1 整数計画法によるモデル計測上の前提条件,図2 中山間田畑複合経営モデルの部門・技術構成,図3 中山間田畑複合経営モデル策定のフロー -経過モデル(M1~5)と最終モデル(M6)-

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2018~2020年度
  • 研究担当者:渡部博明、坂本英美、千田雅之
  • 発表論文等:渡部ら(2020)農業経済研究、92:40-45