要約
α-リノレン酸は健康機能が認められている高付加価値な脂質の一種で、その生合成にはオメガ3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子(fad3)が必須である。麹菌Aspergillus oryzaeが本来保有するfad3をセルフクローニング技術で過剰発現させることで、α-リノレン酸の生産性が向上する。
- キーワード : 麹菌、微生物発酵、微生物脂質生産、オメガ3脂肪酸、セルフクローニング
- 担当 : 食品研究部門・食品加工・素材研究領域・バイオ素材開発グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
オメガ3脂肪酸は必須脂肪酸であり、ヒトが体内で合成できないため、食事からの摂取が必要である。中でも、α-リノレン酸は心血管疾患の予防や抗炎症作用などの健康機能が認められており、関連する機能性表示食品も多数流通している。主な供給源であるアマニ油等の植物油は海外からの輸入に依存しているため、発酵を利用した効率的な代替生産手法の開発が期待されている。
これまでに様々な微生物を用いたα-リノレン酸の発酵生産法が開発されているが、その多くは他生物由来のfad3遺伝子を宿主に導入する遺伝子組換え技術が利用されており、消費者受容や培養時の封じ込めコストの面で産業利用には課題が残る。これに対して、セルフクローニングは宿主自身の遺伝子のみを用いる育種技術であり、他生物の遺伝子配列を導入する一般的な遺伝子組換え技術とは区別されている。セルフクローニングで作出された微生物はカルタヘナ法上の遺伝子組換え生物に該当しないため、天然の微生物と同様に環境中での利用が可能であり、規制対応やコスト低減の観点から大きな利点がある。
そこで本研究では、食品として安全に利用されている麹菌Aspergillus oryzaeが本来保有するfad3遺伝子をセルフクローニング技術で活性化することで、α-リノレン酸を高生産する麹菌の開発を目指す。
成果の内容・特徴
- α-リノレン酸の生合成には、fad3遺伝子が必須であるが(図1)、麹菌では未同定である。Genbank等の公的データベース上に登録されている麹菌A. oryzaeのゲノム情報を基に、他微生物のfad3との相同性検索を行うことで、AO090010000714遺伝子が麹菌のfad3候補遺伝子と推定する。
- AO090010000714遺伝子をセルフクローニングにより過剰発現させた株(Aofad3-MC)では、液体、固体培養のいずれの条件でもα-リノレン酸の生産性が大幅に向上する(図2)。2日間の液体培養で、菌体内に含まれる総脂肪酸中のα-リノレン酸割合は野生株の3.5%から30.5%へ増加する。本研究は、AO090010000714遺伝子が麹菌のfad3であることを示す初めての報告である。
- セルフクローニングの過程では、ベクターに含まれる大腸菌由来配列が意図せず麹菌ゲノムに組み込まれ、作出した麹菌が遺伝子組換え生物に該当するリスクがある。そこで、大腸菌由来配列の非意図的な導入を確認するため、Aofad3-MC株の全ゲノム解析のデータ(リード)をベクター配列と照合している。その結果、大腸菌由来配列(1-2464および9177-9618塩基目)との一致は見られず(図3)、Aofad3-MC株が大腸菌由来配列を含まないセルフクローニング株であることが裏付けられている。また、今回用いた解析手法は、非意図的な遺伝子導入の有無を簡易に評価でき、今後のセルフクローニング株の開発にも有用である。
- 一般的に、微生物を用いた脂質生産では菌体からの抽出・回収に多くのコストが必要となる。一方、麹菌の菌体はマイコプロテインと呼ばれる高タンパク質な食品素材として利用されている。麹菌を用いる場合、α-リノレン酸を含む菌体をそのまま食品として利用できるため、脂質抽出工程を必要とせず、製造コスト面でも大きな優位性がある。
成果の活用面・留意点
- 食経験が豊富なA. oryzaeを対象に、セルフクローニング技術で構築されたα-リノレン酸高生産株(Aofad3-MC)は、低コストで安定的なα-リノレン酸生産プロセスとして、食品・飼料産業への応用が期待できる。また、実際に商業利用されている麹菌に今回用いたベクターでセルフクローニングを行うことでα-リノレン酸の生産性を高めることもできる。
- A. oryzaeは多様な酵素を分泌し、食品副産物や未利用バイオマスなどの様々な原料を培地として利用できる。この特徴を活用することで、将来的には資源循環型のα-リノレン酸生産プロセスへの展開が見込まれる。
- 産業利用に向けては、生産性のさらなる向上が重要であり、今後は菌株改良および培養条件の最適化を進める必要がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金
- 研究期間 : 2019~2025年度
- 研究担当者 : 菊田浩希、須志田浩稔、田中剛、小竹英一、都築和香子(家政大)、服部領太、鈴木聡、楠本憲一(阪大院)、真野潤一
- 発表論文等 :