腐蛆病菌の検出および遺伝子型/表現型別を識別するマルチプレックスPCR法

要約

本マルチプレックスPCR法は、ミツバチ幼虫の細菌性疾病である腐蛆病の2種類の病原体を特異的に検出するだけでなく、国内で流行する主要な遺伝子型および表現型を同時に識別できる。本法は、菌種同定や腐蛆病の迅速な診断だけでなく、蜂場の腐蛆病菌汚染調査にも利用可能である。

  • キーワード : アメリカ腐蛆病菌、ヨーロッパ腐蛆病菌、腐蛆病、マルチプレックスPCR
  • 担当 : 動物衛生研究部門・動物感染症研究領域・細菌グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

腐蛆病は、家畜伝染病予防法で家畜伝染病に指定されるミツバチの細菌性疾病であり、発症した場合、治療は行わず巣箱ごと焼却処分しなければならない。腐蛆病には、アメリカ腐蛆病菌によるアメリカ腐蛆病とヨーロッパ腐蛆病菌によるヨーロッパ腐蛆病の2つがある。アメリカ腐蛆病菌はゲノム中の繰り返し配列を標的としたPCRによる遺伝子型別でERIC IV型に分けられ、日本ではERIC I型およびII型が分離される。ヨーロッパ腐蛆病菌は培養性状の違いによる表現型別で典型と非典型に分けられ、どちらも国内で分離される。同じ腐蛆病菌であっても、遺伝子型や表現型によって幼虫に対する毒性や消毒薬への抵抗性が異なることが知られており、菌種同定および病原体のタイプを明らかにすることは腐蛆病対策を行う上で重要である。菌種同定用PCR法がそれぞれの腐蛆病菌に対して開発されているものの、鑑別には個々の検出法で対応する必要があり時間を要する。また、国内での分離頻度が増加しており重要性が高いアメリカ腐蛆病菌ERIC II型の検出法はこれまで開発されていない。そこで本研究では、両腐蛆病菌の検出および国内で流行する主要な遺伝子型/表現型を同時に識別するマルチプレックスPCRの開発を行う。

成果の内容・特徴

  • 本法は、ゲノム解析によって明らかにしたアメリカ腐蛆病菌ERIC II型特異的遺伝子領域と既報の各腐蛆病菌に特異的な配列(表)を標的にした合計5セット10プライマーを使用し、
    • アメリカ腐蛆病菌ERIC I型株を検出した場合は、972-974 bpと554 bp
    • アメリカ腐蛆病菌ERIC II型株では、972-974 bpと333 bp
    • ヨーロッパ腐蛆病菌典型株では、187 bp
    • ヨーロッパ腐蛆病菌非典型株では、257 bp
    の増幅産物が得られるように設計されている(図)。また、972-974 bpの産物のみが増幅された場合は、ERIC III, IVまたはV型のアメリカ腐蛆病菌株の存在が示唆される。
  • 本法は極めて特異性が高く、標的の腐蛆病菌のみを検出し、各遺伝子型/表現型を正しく判別することができる。
  • 本法は、1反応あたり1 pg~100 fgの腐蛆病菌のDNAが含まれていれば、標的菌を検出することが可能である。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 都道府県家畜保健衛生所、動物検疫所等
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 全国
  • その他 :
    • 農林水産省の令和4年度戦略的監視・診断体制整備推進委託事業において、陽性コントロールおよびプライマーと共に本検査法の詳細なマニュアルを普及対象となる国内の検査施設へ配布した。
    • 本法は、分離菌のDNAを用いた菌種同定だけでなく、腐蛆から抽出したDNAによる迅速な診断やハチミツから抽出したDNAによる蜂場や蜂群の腐蛆病菌汚染調査にも利用可能である。
    • 腐蛆病菌の検出と同時に型別を行うことで、腐蛆病対策を考える上で有用な疫学情報や、同じ菌種の中でもより消毒薬に強いタイプの株(ヨーロッパ腐蛆病菌非典型株、アメリカ腐蛆病菌ERIC II型株)による汚染の有無に関する情報も得ることができる。

具体的データ

表 本マルチプレックスPCRの標的,図 腐蛆病菌の検出および遺伝子型/表現型の識別用PCR

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(戦略的プロジェクト研究推進事業:動物用抗菌剤の使用によるリスクを低減するための研究)
  • 研究期間 : 2017~2021年度
  • 研究担当者 : 岡本真理子、古屋裕崇(群馬県)、杉本郁子(静岡県)、楠本正博、髙松大輔
  • 発表論文等 :
    • Okamoto M. et al. (2022) J. Vet. Med. Sci. 84:390-399
    • 岡本ら、特願(2021年11月18日)