要約
牛伝染性リンパ腫ウイルス(BLV)は、牛にリンパ腫を引き起こすため畜産現場で大きな問題となっている。本研究では、BLVが持つ"タンパク質を作らない機能未知の遺伝子"について新たな知見を提供することで、リンパ腫発症機序解明の糸口となることが期待される。
- キーワード : 牛伝染性リンパ腫ウイルス、ncRNA、AS1-S遺伝子、hnRNPM
- 担当 : 動物衛生研究部門 動物感染症研究領域 ウイルスグループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
近年、"タンパク質を作らないRNA" (ノンコーディングRNA、non-coding RNA: ncRNA)ががんなどの病気の発生の一因となっていることが徐々に明らかになり、病態解明の新たな切り口として注目を集めている。牛の届出伝染病である「牛伝染性リンパ腫」の原因である牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV)もncRNAを発現することがわかっており、BLVが持つncRNAとリンパ腫発症との関連性が疑われている。しかしながら、BLVが発現するncRNAの機能はほとんど解明されていない。
本研究では、BLVが発現するncRNAのうち、腫瘍化した細胞において発現が確認されているものの、その機能が明らかとなっていなかったAS1-S遺伝子に着目する。感染細胞の中でAS1-S ncRNAと相互作用する分子を探索し、AS1-S ncRNAがその分子の機能や細胞の状態に与える影響を解析することで、牛のリンパ腫発症におけるBLV由来ncRNAの役割を明らかにする。
成果の内容・特徴
- RNAとタンパク質の複合体を解析する技術を活用した、AS1-S ncRNAに特異的に結合する宿主タンパク質のふるいわけ(スクリーニング)(図1A)により、AS1-S ncRNAが細胞の核内に存在するRNA結合性タンパク質hnRNPMと直接結合することが明らかになる(図1B)。
- hnRNPMは、細胞の核内で宿主由来RNAと相互作用することで、様々な細胞機能を調節する役割を持つ。AS1-S RNA存在下で、hnRNPMと結合する宿主由来RNAが影響を受けるか明らかにするため、次世代シーケンシングでhnRNPMと相互作用するRNAを網羅的に解析すると、細胞の核内にAS1-S RNAが存在する場合、hnRNPMと結合する宿主由来RNAの数やバリエーションが増加することが判明する(図2)。
- AS1-S ncRNAが存在することでhnRNPMとの結合性が変化した宿主由来RNAについて、データベース情報を参考に解析を行い、それらの多くは細胞の増殖にかかわる機能を持つことが明らかとなる。
成果の活用面・留意点
- 「BLVが発現するncRNAが、細胞の核内でhnRNPMタンパク質と宿主由来RNAの相互作用に干渉する」というこれまで知られていなかった新たな現象を発見したことで、BLVの病態を理解するための大きな手掛かりになると考えられる。
- 特に、腫瘍化したBLV感染細胞において主要なウイルス由来転写産物であるAS1-S ncRNAの機能を明らかにすることは、BLV感染によるリンパ腫発症メカニズムの解明とその制御法開発に資する基盤的知見になると考えられる。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 文部科学省(科研費)、その他外部資金(伊藤記念財団研究助成金、国立大学法人山口大学中高温微生物研究センター共同研究公募)
- 研究期間 : 2020~2023年度
- 研究担当者 : 安藤清彦、西森朝美、松浦裕一
- 発表論文等 :