異なる培地と乾燥処理が腐蛆検体からのヨーロッパ腐蛆病菌分離に与える影響

要約

ヨーロッパ腐蛆病菌は性状の違いから典型株と非典型株に分けられる。本菌の培養に一般的に使われるBasal培地とKSBHI培地のどちらを使用しても、両株とも分離できるが、腐蛆病菌以外の腐敗菌を排除するために検体を乾燥処理した場合、乾燥に強い非典型株が分離されやすくなる。

  • キーワード : ヨーロッパ腐蛆病菌、Basal培地、KSBHI培地、乾燥処理、腐敗菌
  • 担当 : 動物衛生研究部門・動物感染症研究領域・細菌グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

ヨーロッパ腐蛆病は、ヨーロッパ腐蛆病菌によって引き起こされるミツバチの幼虫の重要な感染症である。本病を発症した幼虫は、体節が消失し、体色が褐色または灰黒色に変色した腐蛆となるが、その症状は腐蛆病以外の原因による幼虫の異常と識別することが困難である。したがって、本病の確実な診断には、分離培養等の手法で腐蛆中にヨーロッパ腐蛆病菌がいることを証明する必要がある。
ヨーロッパ腐蛆病菌は、培養性状の違いから典型株と非典型株という2つの表現型に分けられる。特に典型株は培養が困難なため、ヨーロッパ腐蛆病菌の培養にはBasal培地やKSBHI培地などの典型株の培養に適した特殊な培地が使用される。しかし、Basal培地が主に使用される欧州では、典型株の分離頻度が高く、KSBHI培地が主に使用される日本や北米では、非典型株の分離頻度が高いという事実から、使用する培地の種類によって分離されやすい表現型が異なる可能性が示唆されている。
本病で幼虫が死ぬと、環境中の腐敗菌が幼虫に侵入して死体を腐敗させる。腐蛆中でこのような二次侵入菌が大量に増殖している場合、ヨーロッパ腐蛆病菌の分離が困難になることがある。このような場合、腐蛆検体をスライドガラスに塗抹して一定期間乾燥させることで、乾燥に弱い二次侵入菌を減らし、乾燥に強いヨーロッパ腐蛆病菌の分離を容易にできる。しかし、この乾燥処理が典型株と非典型株の分離率にどのような影響を与えるかについては未検証である。
そこで本研究では、典型株と非典型株が共感染した腐蛆検体を用い、使用する培地の種類と乾燥処理が両表現型の分離率に与える影響について調査する。

成果の内容・特徴

  • Basal培地とKSBHI培地のどちらの培地を使用しても、腐蛆から典型株と非典型株のいずれも分離することは可能である。また、使用する培地によって一方の表現型の株が分離されやすくなるという傾向も見られない(図1)。しかし、二次侵入菌が大量に増殖している検体の培養にKSBHI培地を使用すると、Basal培地を使用した時より、二次侵入菌の分離割合が増え、ヨーロッパ腐蛆病菌の分離が困難になることがある(図1)。
  • 二次侵入菌が増殖している検体をスライドグラス上に塗抹して22日間乾燥処理すると、検体中の二次侵入菌は消失し、ヨーロッパ腐蛆病菌のみが分離されるようになる。しかし、処理後は、処理前より非典型株の分離割合が顕著に高くなり、典型株は分離しにくくなる(図2)。
  • 同じ腐蛆から分離された典型株と非典型株をプラスチック製マイクロプレートの別々のウェル上に塗抹し、一定期間乾燥後に生菌数を測定すると、非典型株の方が典型株より生存率が高い(図3)。いずれの表現型も環境中の腐敗菌(二次侵入菌)より乾燥に強いが、非典型株のより強い乾燥抵抗性が、乾燥処理後における非典型株分離割合の増加をもたらす。

成果の活用面・留意点

  • Basal培地では二次侵入菌の分離割合は低く抑えられるものの、この培地上では非典型株は長期間生存できないことが報告されている(Kitamura Y. et al. (2025) J. Apic. Res. https://doi.org/10.1080/00218839.2025.2515686)。したがって、典型株と非典型株が共感染している腐蛆から両表現型のヨーロッパ腐蛆病菌を確実に分離するためには、Basal培地とKSBHI培地の両方を併用することが推奨される。
  • 二次侵入菌の割合が多い腐蛆からヨーロッパ腐蛆病菌を分離するために検体の乾燥処理をする場合には、非典型株が分離されやすくなることに留意する必要がある。そのような腐蛆から典型株を確実に分離したい場合は、典型株のローヤルゼリー抵抗性を利用した分離法(Nakai Y. et al., Apidologie. 2018, 49, 459-461)も併用することが推奨される。
  • 腐蛆病菌の検出および遺伝子型/表現型を識別するマルチプレックスPCR法(2022年研究成果情 : https://www.naro.go.jp/project/results/5th_laboratory/niah/2022/22_005.html)を利用して腐蛆検体にどちらの表現型のヨーロッパ腐蛆病菌株が感染しているかをあらかじめ調べておくことは、最適な分離法を選択する上で有用である。

具体的データ

図1 培地の違いがヨーロッパ腐蛆病菌の分離に及ぼす影響,図2 腐蛆検体の22日間乾燥処理前後における分離菌の割合,図3 ヨーロッパ腐蛆病菌典型株及び非典型株の乾燥抵抗性

その他

  • 予算区分 : 交付金
  • 研究期間 : 2022~2024年度
  • 研究担当者 : 髙松大輔、北村夕子(岐阜県家保)、草嶋悠介(栃木県家保)、関谷友佳(東京都家保)、川口黎子(兵庫県家保)、林佑香(滋賀県家保)、柿沼喜子(埼玉県家保)、岡本真理子
  • 発表論文等 : Kitamura Y. et al. (2025) J. Vet. Med. Sci. 87:1366-1372