要約
No-U-Turn Sampler(NUTS)法は既存の手法に比べて高精度に多形質モデルの遺伝的パラメーターを推定できる。特に、小集団では推定した高精度な遺伝的パラメーターを利用することによって育種価の推定精度が高くなる。以上より、NUTS法は家畜の遺伝的能力評価に有効である。
- キーワード : No-U-Turn Sampler法、Gibbs Sampling法、REML法、遺伝的パラメーター、遺伝的能力評価
- 担当 : 畜産研究部門・食肉用家畜研究領域・食肉用家畜モデル化グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
家畜の育種は一般に複数の形質を同時に改良するため、多形質モデルを利用してあらかじめ当該集団の遺伝的パラメーターを推定する必要がある。しかし、単形質に比べて、多形質では正確な遺伝的パラメーターの推定に多くのデータ数を要する。近年、統計学の分野では、物理学の運動法則を利用してマルコフ連鎖モンテカルロ法のサンプリングを効率化させるNo-U-Turn Sampler(NUTS)法という新たな推定法が開発され、高精度な推定法として様々な分野で注目されている。そこで本研究では、データ数を変化させた場合に、NUTS法によって多形質モデルの遺伝的パラメーターがどの程度正確に推定できるかシミュレーションデータを用いて明らかにする。
成果の内容・特徴
- 真の遺伝率が0.1および0.5の2形質を対象とする2,314頭および578頭の集団において、既存の手法であるGibbs Sampling(GS)法やRestricted Maximum Likelihood(REML)法に比べて、NUTS法では遺伝的パラメーターの推定値が真値に近い値となる(表1)。
- NUTS法によって推定した遺伝的パラメーターの二乗平均平方根誤差はGS法およびREML法よりも小さくなる(図1および図2)。以上より、集団の規模に依らずNUTS法は既存の手法より多形質の遺伝的パラメーターを高精度に推定でき、その傾向は小集団においてより顕著になる。
- 遺伝的パラメーターの推定値に基づいて育種価を推定する場合、データ数が少ない場合にNUTS法による育種価の推定精度がGS法およびREML法よりも高くなる(表2)。特に、遺伝率が低い形質においてその傾向が顕著になる。
成果の活用面・留意点
- NUTS法は多形質モデルにおいて有効な遺伝的パラメーター推定法であり、データ数が少ない場合には既存の手法よりも遺伝的パラメーターの推定精度に加えて育種価の推定精度も向上する。
- 確率的言語プログラムStanではNUTS法が実装されており、簡単なプログラムコードでNUTS法を実行できる。
- 遺伝的パラメーターが0.9など極端な値を取る場合については、推定値がパラメーター空間内に収束するか等、改めてNUTS法の推定性能を検討する必要がある。
具体的データ
その他
- 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2021~2022年度
- 研究担当者 : 西尾元秀、荒川愛作
- 発表論文等 : Nishio M. and Arakawa A. (2022) Genet.Sel.Evol. 54:51