要約
黒毛和種雄牛の人工授精後の受胎率と関連してメチル化率が変動する精子核DNAメチル化可変部位を選定した。うち簡易にメチル化率を評価できるDNAメチル化可変部位は、黒毛和種凍結精液の受胎性評価の目安の一つとなりうる。
- キーワード : 雄牛、黒毛和種、凍結精液、DNAメチル化可変部位、受胎性
- 担当 : 畜産研究部門・乳牛精密管理研究領域・乳牛繁殖性向上グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
牛凍結精液を用いた人工授精後の受胎率低下が世界的に問題となっており、雄牛側の要因として従来法の評価を満たしても人工授精後の受胎性の低い精液のあることが問題とされている。このことから、受胎性の低い精液を発見する新たな精液評価技術の開発が求められている。最近の研究で、精子核DNAに対するメチル化などのエピジェネティックな修飾が雄の生殖能力や受精後の初期胚発生等に影響することが示されている。そこで本研究では、黒毛和種精液の精子核DNAメチル化状態の違いが受胎性評価の有用な指標の一つとなりうると考え、黒毛和種凍結精液をターゲットとした受胎性に関連するDNAメチル化可変部位(Differentially Methylated Site, DMS)を選定する。
成果の内容・特徴
- 人工授精後受胎率(SCR)の明らかな種雄牛(n=11~15)の凍結精液から抽出した精子DNAを用いて、ヒト用DNAメチル化アレイ(イルミナ社、EPIC、ウシで約7~9万箇所のメチル化部位の評価が可能)から、メチル化率がSCRと関連して変化するDMS(SCR-DMS)候補を抽出する。抽出したDMSのメチル化率によりクラスタリング処理したヒートマップを作成すると(図1)、例外(*L6)はあるが高低グループに分かれる。
- 1.により抽出した個々のSCR-DMS候補について、簡易メチル化解析法(バイサルファイト処理した精子DNAを鋳型としたPCRおよび制限酵素処理によるメチル化率評価(Combined Bisulfite Restriction Analysis、COBRA)に応用できるDMSを選定することで、多数サンプルのメチル化率の安価で簡易評価が可能となり、受胎性評価に有用なSCR-DMSを選定できる(図2)。
- 全ゲノムバイサルファイトシークエンス(WGBS)により、2.で選定したDMS周辺領域の集積するDMSのメチル化状況から、選定したDMS周辺がメチル化可変領域であることが確認できる(図3)。
- 2.により選定した10箇所のSCR-DMSのCOBRAによるメチル化評価値を用いて回帰式により算出したSCRの推定値と実測値との相関係数は比較的高い(r=0.71、図4)。これらSCR-DMSのメチル化率は牛精液の受胎性評価の目安として利用価値があると考えられる。
成果の活用面・留意点
- 10箇所のDMSは、販売予定のウシ用DNAメチル化アレイに搭載される予定である。
- DMSのメチル化率は雄牛の加齢とともに変化しうるため、精液のロット(採精月齢)を考慮する必要がある。
- 4県(広島県、岐阜県、鳥取県、茨城県)で繋養している黒毛和種種雄牛のデータを用いており、他地域での利用については当該地域の種雄牛のデータを用いた検証が必要である。
- 精液の受胎率予測精度については今後検討する必要がある。
具体的データ
その他
- 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)、伊藤記念財団研究助成
- 研究期間 : 2016~2020年度
- 研究担当者 : 武田久美子、小林栄治、緒方和子、今井昭(広島県畜技セ)、佐藤伸哉(広島県畜技セ)、安達広通(岐阜県畜研)、星野洋一郎(京都大)、西野景知(茨城県畜産セ)、井上真寛(鳥取県畜試)・金田正弘(農工大)、渡邊伸也
- 発表論文等 : Takeda K. et al. (2021) J. Reprod. Dev. 67:99-107