農作物を採食するメスジカは農地から5-10 kmまでの範囲内で捕獲するとよい

要約

農作物の生産が減少する冬から春の間、農地に近い場所に分布するメスジカほど農作物への採食依存度が高い傾向を示す。農作物を採食する可能性は農地から5-10 km離れると半減することから、効果的に加害個体を捕獲するためには、当該範囲内で集中的に捕獲を行うとよい。

  • キーワード : ニホンジカ、農作物、安定同位体、空間分布、加害個体
  • 担当 : 畜産研究部門・動物行動管理研究領域・動物行動管理グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

野生動物による農業被害を低減する上で加害個体の捕獲が重要視されるが、多くの動物種において加害個体を特定するための情報は乏しい。効率的・効果的に加害個体を捕獲するためにも、農作物を採食する加害個体の分布傾向の検討は重要である。動物の骨コラーゲンは代謝速度が遅く、複数年の間に採食した食物の同位体比を反映することが知られる。骨コラーゲンのδ15N値が高いほどシカがより長期的に農作物に依存していたことを示す指標となる。
そこで本研究では、シカ骨コラーゲンの窒素安定同位体比(δ15N)を測定することで、各個体の農作物依存度を推定し、捕獲地点情報と共に解析を行うことで、農作物依存度が高い個体の分布傾向を明らかにする。なお本研究の調査地である長野県・群馬県では、主に野菜類・牧草類がシカに多く加害されることから、これらの農作物への依存度および分布傾向との関連性を検討する。

成果の内容・特徴

  • 農作物の生産が減少する冬から春の間に捕獲された野生シカ147頭の骨コラーゲンのδ15N値は、メスが平均3.1 ‰(-1.1~7.3 ‰)、オスが平均2.4 ‰(0.5~4.1 ‰)であり、農作物依存度は個体によって大きくばらつく。
  • メスジカは、農地に近い場所で捕獲された個体ほど農作物依存度が高くなる(図1)。さらに、農作物を採食する可能性は農地からの距離が5-10 km離れると半減する(図2)。
  • オスジカは、農作物依存度と分布傾向に関係性がみられない(図1)。

成果の活用面・留意点

  • 冬から春は農作物の生産が減少する時期であるにも関わらず、農作物に依存するメスジカは農地から5-10 kmまでの範囲に分布する可能性が高いことから、効果的に加害個体を捕獲するためには、当該範囲内で集中的に捕獲を行うとよい。
  • 農作物の採食はシカの早熟化を引き起こし、個体数の増加を促進する可能性があるため、妊娠期である冬から春に農作物に依存するメスジカを捕獲することは個体数増加を抑制する上でも重要である。
  • 本研究は冬から春に捕獲されたシカ個体を対象に検証した結果であるため、夏から秋の分布傾向については異なる可能性があり、更なる検証が必要である。

具体的データ

図1 農作物依存度と農地への近づきやすさの関係,図2 メスを対象とした農作物を採食する確率と農地からの距離の関係

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
  • 研究期間 : 2018~2021年度
  • 研究担当者 : 秦彩夏、小坂井千夏、佐伯緑、中島泰弘、鵜野光、中下留美子(森林総研)、深澤圭太(国環研)、南正人(麻布大)、福江佑子(NPOあーすわーむ)、樋口尚子(NPOあーすわーむ)、高田まゆら(中央大)
  • 発表論文等 : Hata A. et al. (2021) Ecology and Evolution 11:15303-15311