冬季のニホンナシ枝道管液糖含量は休眠覚醒と低温反応の両方の影響を受ける

要約

「幸水」では、休眠枝中の道管液糖含量は休眠覚醒と低温の両方の影響を受け、休眠覚醒期には枝組織の可溶性糖が道管液に積み出される一方、低温反応では、太根や幹などの炭水化物が道管を通じて枝組織に輸送されると考えられる。

  • キーワード:ニホンナシ、休眠、低温反応、糖、デンプン
  • 担当:気候変動対応・果樹温暖化対応
  • 代表連絡先:電話 029-838-6453
  • 研究所名:果樹研究所・栽培・流通利用研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

これまで、農研機構果樹研つくば圃場植栽のニホンナシ「幸水」において道管液の糖含量が自発休眠覚醒期に増加することを明らかにしており、糖含量増加のタイミングで休眠覚醒時期を判定できる可能性があることを示した。しかし一方、この時期、樹は秋季に蓄積した炭水化物を可溶性糖に変換することにより耐凍性を高めており、この増加が自発休眠覚醒に連動しているのか、耐凍性の獲得によるのかは明らかでない。そこで本研究では、冬季の糖動態に及ぼす休眠と耐凍性の影響を区別することを目的とする。

成果の内容・特徴

  • ニホンナシ「幸水」では、自発休眠覚醒期にあたる低温充足率1.0の時期に、主要な転流糖であるソルビトールの含量が道管液において大きく上昇する(図1、横軸の低温充足率は杉浦ら(1997)のDVIモデルにより産出)。ただし、12月の気温が低い年(2011年)は平均的な年(2008年、2009年、2010年)に比較してソルビトール上昇が早いことから、植物が低温に反応して道管液糖含量を増加させる効果も一部認められる。
  • 「幸水」の自発休眠覚醒のためには、6°Cと0°Cはいずれも約750時間の遭遇が必要である(杉浦ら、1997)が、植物の耐凍性獲得を誘導する低温反応には、6°Cより0°Cの方が効果が大きい(Junttila and Kaurin, 1990)。そこで道管液糖含量に及ぼす自発休眠覚醒と低温反応の影響を区別するため、「幸水」を6°Cまたは0°Cの低温に遭遇させると、いずれも自発休眠覚醒期にあたる低温充足率1.0~1.2(遭遇時間750~900時間)の時期に道管液のソルビトール含量が上昇し(図2)、同時にソルビトールの道管への積み出しを担うトランスポーター(PpSOT2 )遺伝子の発現が上昇する(図3)。しかし、枝の総炭水化物含量(可溶性糖+デンプン)は自発休眠進行に伴って変化しないため(図4)、自発休眠覚醒期の道管液糖の増加は、枝から道管への糖の流入によると考えられる。 一方、道管液のソルビトール含量は0°C処理の樹の方が6°C処理の樹よりも高くなる(図2)。このとき、枝の総炭水化物含量(可溶性糖+デンプン)も0°C処理の樹の方が6°C処理の樹よりも高くなる(図4)。冬季の非着葉期に枝は炭水化物を合成していないことから、0°C処理による枝の炭水化物増加は、太根や幹など、枝以外の炭水化物貯蔵部位から枝へ炭水化物が輸送されるためと考えられる。
  • 以上より、ニホンナシ「幸水」の道管液は、自発休眠の覚醒と低温遭遇による耐凍性の増加の両方の影響の結果により増加すると考えられる。

成果の活用面・留意点

  • 休眠枝の糖代謝は、休眠ステージの進行だけでなく耐凍性にも影響を受けることから、ニホンナシの発芽不良の機構解明の有用な情報となる。
  • 温暖な地域のニホンナシ樹では、低温が道管液の可溶性糖含量に及ぼす影響が小さいと考えられるため、道管液糖含量を指標に自発休眠覚醒期を判定できる可能性がある。

具体的データ

図1~4

その他

  • 中課題名:気候変動が果樹生産に及ぼす影響の機構解明及び温暖化対応技術の開発
  • 中課題整理番号:210b0
  • 予算区分:科研費
  • 研究期間:2009~2011年度
  • 研究担当者:伊東明子、杉浦俊彦、阪本大輔、森口卓哉
  • 発表論文等:Ito A. et al. (2013) Tree Physiology 33, 398-408.