雪腐病菌接種で発現が誘導されるコムギフルクタン分解酵素遺伝子

要約

積雪下の秋播コムギの茎葉部では、雪腐病菌を接種するとフルクタン分解速度が速まるとともにwfh-sm3遺伝子の発現が特異的に増加する。本遺伝子がコードするタンパク質は、低温順化中にコムギ組織に蓄積する全ての構造のフルクタンを分解できる。

  • キーワード:コムギ、雪腐病、フルクタン、フルクタン分解酵素遺伝子
  • 担当:作物開発・利用・麦・大豆遺伝子制御
  • 代表連絡先:電話 011-857-9260
  • 研究所名:北海道農業研究センター・寒地作物研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

北海道における秋播コムギの栽培では雪腐病被害が大きな減収要因であり、雪腐病抵抗性には遺伝的な差異が認められる。したがって、雪腐病被害の克服のためには抵抗性の機作の解明が重要な課題である。コムギの雪腐病抵抗性品種は、越冬のために必要なエネルギー源であるフルクタンを低温順化中にコムギ組織に大量に蓄積し、しかも積雪下での消費を緩やかに行う。このような積雪下でのコムギ品種間のフルクタン代謝の違いにはフルクタン分解酵素が関わっていると考えられるため、積雪下での雪腐病菌感染によるコムギのフルクタン代謝量の解析およびフルクタン分解に関与する遺伝子の単離を行う。

成果の内容・特徴

  • 雪腐病抵抗性の強いコムギ系統「PI173438」と弱いコムギ「Valuevskaya」を9月に播種し根雪直前まで野外で栽培後、雪腐病菌(雪腐黒色小粒菌核病菌<Typhula ishikariensis>)を接種して積雪下に静置すると、無接種の場合に比べ茎葉部のフルクタン蓄積量が急激に減少する(図1)。「Valuevskaya」の茎葉部では雪腐病菌接種20日目でほとんどのフルクタンが分解される(図2)。
  • 雪腐病菌を接種して積雪下で静置した「PI173438」の茎葉部から単離した遺伝子wfh-sm3は、フルクタンを構成するβ-2,6結合フルクトースを遊離する活性が強いフルクタン分解酵素をコードする。コムギには幾つかのフルクタン分解酵素があるが、wfh-sm3遺伝子由来組換えタンパクは低温順化中にコムギ組織に蓄積する全ての構造のフルクタンを分解可能であり、そのような活性をもつコムギフルクタン分解酵素遺伝子はこれまでに報告例がない(図3)。
  • wfh-sm3遺伝子は、雪腐病菌を接種したコムギ茎葉部で無接種の場合に比べ発現量が顕著に高く(図4)、植物側の本遺伝子の発現誘導がフルクタンの分解速度の増加の一因と考えられる。一方、クラウン部での発現量は、雪腐病菌の接種の有無によらず極めて低い(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 本遺伝子を含むフルクタン合成・分解酵素遺伝子の発現機構を解析することで、コムギの積雪下でのフルクタン代謝機構の全容が明らかになり、コムギの雪腐病抵抗性の分子育種に利用できる。
  • コムギクラウン部での雪腐病菌感染によるフルクタン代謝に関わる分子生物学的解析が残されている。

具体的データ

 図1~4

その他

  • 中課題名:ゲノム情報を活用した麦・大豆の重要形質制御機構の解明と育種素材の開発
  • 中課題番号:112g0
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2005~2012年度
  • 研究担当者:川上 顕、吉田みどり
  • 発表論文等:Kawakami A.and Yoshida M.(2012) J. Plant Physiol.169:294-302