ヒト甘味受容体の細胞膜表面への移動の仕組み

要約

ペプチドタグを目印として付加した味覚受容体の変異体を開発することにより、味覚受容体が細胞膜表面へ移動していることを確認できるようになる。開発した変異体の利用により、ヒト甘味受容体の細胞膜への移動の仕組みを明らかにできる。

  • キーワード:味覚受容体、甘味評価系、構造機能解析、培養細胞、マウス
  • 担当:食品機能性・食味・食感評価技術
  • 代表連絡先:電話 029-838-7991
  • 研究所名:食品総合研究所・食品機能研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

味覚受容体は、ヒトを含む動物が味を識別するためのセンサーの役割を持つタンパク質分子であり、味覚受容体を培養細胞に導入した味の評価系は、官能評価を補完する方法としてその利用が期待されている。一方、味覚受容体を導入した培養細胞は味に対する応答に安定性を欠くことがある。受容体は、常に細胞膜表面に存在して刺激を受容できるわけでなく、条件によって細胞膜表面に移動するか細胞内に留まるかが変化するためである。よって、味覚受容体が細胞膜表面にどのように移動するかを把握することは、味覚受容体を導入した培養細胞の応答の安定化にとって重要な課題である。そこで、細胞膜表面へ移動した甘味受容体を判別する方法を開発し、その利用によりヒトの甘味受容体が細胞膜表面へ移動する仕組みを明らかにする。

成果の内容・特徴

  • ヒト甘味受容体のヒトT1r2およびヒトT1r3の細胞外領域中にペプチドタグを付加した変異体を作製すれば、それを手がかりに細胞膜表面に移動した受容体の判別が可能である(図1)。
  • ヒトT1r3を単独で導入した培養細胞ではヒトT1r3は細胞膜表面で検出されないが、ヒトT1r2と同時にヒトT1r3を導入した場合にはヒトT1r3は細胞膜表面で検出できる(図2)。
  • ヒトと実験動物であるマウスについて、甘味受容体の細胞膜表面への移動の仕組みが異なるかどうかを調べるために、マウス甘味受容体のT1r2およびT1r3についても同様のペプチドタグを付加した変異体を作製する。マウスT1r3を単独で導入した培養細胞では、ヒトT1r3とは異なり、マウスT1r3を細胞膜表面で検出できる(図2)。
  • ヒトT1r3の一部分をマウスT1r3に入れ替えた変異体を作製し、細胞膜表面への移動を観察したところ、ヒトT1r3の細胞外領域をマウスT1r3に入れ替えると単独でも細胞膜表面で検出することができる。このことは、ヒトT1r3の細胞外領域中にヒトT1r3を細胞内に留めておこうとする部位が含まれていることを示唆する(図3)。

成果の活用面・留意点

  • 霊長類以上の高等動物だけが甘味として感じる高甘味度甘味料(アスパルテームなど)が存在することが今までに知られている。甘味受容体が安定して細胞膜上に局在する甘味評価系を得るためにマウスT1r3を利用する場合は、このことを考慮する必要がある。
  • 動物種により細胞膜表面への移動の仕組みが異なる受容体は珍しく、この発見が一般的な受容体研究の進展にも貢献することが期待される。
  • ヒトT1r3を細胞内に留めておこうとする部位を同定して、改変することにより、細胞膜表面上に甘味受容体が安定して局在する培養細胞が得られる可能性があり、効率のよい甘味の評価系の構築に有効である。

具体的データ

図1~3

その他

  • 中課題名:食味・食感特性の評価法及び品質情報表示技術の開発
  • 中課題整理番号:310d0
  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)、その他外部資金(その他)
  • 研究期間:2008~2014年度
  • 研究担当者:日下部裕子、清水真都香、後藤真生、河合崇行、山下敦子(岡山大学)
  • 発表論文等:Shimizu M. et al. (2014) PLoS ONE 9(7): e100425