ウシ血中へのトリプトファン投与はストレス性コルチゾール分泌を中枢性に抑制する
要約
ウシの血液中にトリプトファンを投与すると、ストレス時の生理反応の一つである脳内ノルアドレナリンによる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌亢進が抑制され、その結果として血中へのコルチゾール分泌が減少する。
- キーワード:トリプトファン、ストレス、コルチゾール、ノルアドレナリン、ウシ
- 担当:家畜生産・代謝制御
- 代表連絡先:電話029-838-8647
- 研究所名:畜産草地研究所・家畜生理栄養研究領域
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
アミノ酸の一種であるトリプトファン(Trp)は、その摂取量を増加させることでストレス性行動反応(闘争行動等)を抑制し、創傷等による損耗を軽減しうることが知られており、さらに、ブタではストレスによるコルチゾール分泌の増加を抑制するという報告もある。コルチゾールは、タンパク質・脂質の分解促進作用を持つホルモンであることから、Trpの給与は、行動だけでなく生理的にも、ストレスによる生産性低下を防ぐ効果が期待できる。しかし、ストレス性のコルチゾール分泌反応(図1)に対するTrpの作用機序については、まだ不明な点が多い。そこで本研究では、ストレス性のコルチゾール分泌増加をもたらす主要な物質(図1の斜体文字)のうち、脳内のノルアドレナリン(NA)および副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)の作用に対して、血中へのTrp供給増加が及ぼす影響を明らかにし、抗ストレス飼料添加物としてのTrp利用技術開発のための基礎知見とする。
成果の内容・特徴
- 第3脳室にカニューレを留置した育成牛10頭を用いる。Trp溶液または対照として生理食塩水を頸静脈カテーテルより2時間定速注入(Trp注入量38.5mg/kg)した後に、第3脳室内にNA(50ng)を投与し、経時的に採取した頸静脈中のコルチゾール濃度を測定する(NA投与試験)。同様に、Trp溶液あるいは生理食塩水を注入後、第3脳室内にCRH(23.5μg)を投与しコルチゾール濃度を測定する(CRH投与試験)。
- NA投与試験では、NA投与による血中コルチゾール濃度の上昇は、前もってTrpを注入することにより抑制される(図2)。一方、CRH投与試験では、血中コルチゾール濃度の変化はTrp注入の影響を受けない(図3)。
- この結果から、ウシ末梢血中へのTrp供給増加は、ストレス時の脳内反応の一つであるNAによるCRH分泌亢進を抑制する(図1の破線矢印)ことにより、血中へのコルチゾール分泌を抑制することが示唆される。
成果の活用面・留意点
- 本研究結果は、Trp投与がウシにおいてもストレスによるコルチゾール分泌増加を軽減する可能性を示すものであり、コルチゾールを介した代謝系・免疫系等へのストレスの影響緩和を目的としたTrpの飼料添加物としての利用が期待できる。
- 本研究で認められたTrpの効果は、Trpを基質として脳内で合成される神経伝達物質(セロトニン)によるものと考えられるが、脳内での作用機序についてはまだ明らかではない。
具体的データ
その他
- 中課題名:家畜の生産効率と健全性の安定的両立を可能にする飼養管理技術の開発
- 中課題整理番号:130d0
- 予算区分:交付金
- 研究期間:2006~2015年度
- 研究担当者:須藤まどか、粕谷悦子(生物研)、矢用健一(生物研)、大谷文博、小林洋介
- 発表論文等:Sutoh M. et al. (2016) Anim. Sci. J. 87(2):266-270