プレスリリース
水稲作におけるリン酸施肥量削減の基本指針を策定

- 生産コストの低減と限られたリン酸資源の節減に期待 -

情報公開日:2014年11月18日 (火曜日)

ポイント

  • 水稲作のリン酸施肥量を減らすための基本的な指針を新たに策定しました。
  • 新指針では、リン酸施肥量を半減できる条件を土壌100g中に有効態リン酸1)量が15mgより多い場合としました。
  • 各地域での具体的な肥料削減指針策定への利用が期待できます。

概要

  • 肥料価格の高騰に対応できる、より精密な基本指針の必要性が高まっているため、農研機構は、東北以南の8県と国立大学法人東北大学大学院農学研究科との共同研究により、水稲作でのリン酸施肥量を削減する基本的な指針を策定しました。
  • 表に示すように、この指針では、「リン酸の施肥推奨量は、有効態リン酸が土壌100g中に10~15mg含まれる場合には、標準施肥量2)からその半量までとし、また15mgより多く含まれる場合には、標準施肥量の半量」としています。今後、各地域においてリン酸肥料削減の指針を作る際に、活用されることが期待されます。

表 土壌の有効態リン酸含有量別のリン酸施肥推奨量

土壌の有効態リン酸含有量
(乾燥土100g当たり)
10~15mg 15mgより多
新しいリン酸施用推奨量 標準施肥量~
標準施肥量の半量
標準施肥量の半量

予算:農林水産省委託プロジェクト「地域内資源を循環利用する省資源型農業確立のための研究開発2系(平成23年度からは、気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクトB2系)」(平成21~25年度)


詳細情報

開発の社会的背景

肥料原料の輸入価格が平成20年に急騰し、農業生産における肥料費の抑制が喫緊の課題になるとともに、改めて原料鉱物資源の有限性に対する危機意識が高まりました。一方、多くの水田土壌では、長年努力を続けてきた土壌改良の結果、十分な量のリン酸が蓄積している状況となっています。

研究の経緯

地域によっては、過去に策定された肥料削減指針がありますが、肥料価格の高騰に対応できる、より精密な基本指針を必要とする声が高まっています。そこで、平成21年度より農林水産省の委託プロジェクト研究において、山形県、新潟県、栃木県、茨城県、愛知県、岡山県、宮崎県、鹿児島県の8県と国立大学法人東北大学大学院農学研究科および農研機構が共同研究を開始し、リン酸が十分に蓄積している圃場に対し、水稲作のリン酸施肥量を削減する基本指針の策定を進めてきました。

研究の内容・意義

  • 平成21年から、8県の試験場内において、リン酸の蓄積量が2~3種に異なる圃場に、リン酸施肥量を標準施肥量とする区、標準施肥量の半量とする区、無施用とする区を設置し、4年間連続して収穫物を持ち出し稲わらを全量すき込む条件で水稲を栽培し、生育状況と土壌の有効態リン酸量を解析しました。
  • 有効態リン酸含有量が乾燥土壌100gあたり10mg(以下、10mg/100gと表記)前後の土壌では、リン酸施肥量を半量あるいは無施用に減らした栽培を4年間継続しても、収量は標準量施用した場合と同じ水準を確保できました(図1)。
  • しかし、無施用を継続すると、土壌中の有効態リン酸が減少した(図2)ため、有効態リン酸含有量10mg/100gを維持するためのリン酸施用が必要と考えられました。
  • これらの解析結果から、各種土壌において、有効態リン酸含有量10mg/100gを維持するために必要なリン酸施肥量は、土壌の種類に応じて異なり、概ね、標準施肥量~その半量程度、水田として広い面積を占める細粒灰色低地土では、リン酸吸収係数3)が小さいほど少量になると算出できました(表1)。
  • 有効態リン酸が多く含まれると有効態リン酸の減少が許容できるので、有効態リン酸含量が15mg/100gより多い場合には、標準施肥量の半量施用を数年継続しても、必要な有効態リン酸含有量10mg/100gを下回らずに維持できると考えられます。なお、半量施用開始後数年内に、土壌診断を実施し施肥量を再検討することが大切です。
  • 以上より、「リン酸の施肥推奨量は、有効態リン酸が土壌100g中に10~15mg含まれる場合には、標準施肥量からその半量までとし、また15mgより多く含まれる場合には、標準施肥量の半量(表2)。」を基本指針としました。

今後の予定・期待

策定した基本指針を活用して、都府県農政部等で、各地域の気象条件、品種などを考慮したより具体的な肥料削減の指針の策定が進展し、その指針に基づき肥料削減が普及するものと期待されます。
なお、30道府県で、水稲作のリン酸肥料削減基準が公表されていますが、その内、22府県では、有効態リン酸含有量20mg/100gあるいは30mg/100gまでを標準施肥量を用いるべき基準としています(注1)。今回策定した基本指針では、かなりの府県において、これまで以上に肥料の削減を推奨できます。
さらに、土壌環境基礎調査4)を取りまとめた報告(注2)では、水田約8千点の有効態リン酸量を調べた結果、中央値が19.5mg/100g(>15mg/100g)と発表されていますので、新たに策定した指針に基づけば、おおよそ半数地点の水田でリン酸肥料を標準施肥量の半量に減らすことを指導出来ます。
リン酸施肥量を半量にすると、肥料費は10~20%削減されると試算されます。

本成果の内容は、農水省委託プロジェクト研究成果マニュアル「土壌診断、施肥法改善、土壌養分利用によるリン酸等の施肥量削減に向けた技術導入の手引き」の一部として
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/narc_sehisakugen_man_s01.pdf
また農研機構主要普及成果2013
http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/narc/2013/13_004.html
としても公表されています。

用語の解説

  • 1)有効態リン酸
    • 土壌に含まれるリン酸のうち、作物に吸収され生産に有効な働きをする形態のリン酸。
  • 2)標準施肥量
    • 作物栽培時の目安として、都道府県農政部や各種の普及組織において公表されている、各種作物の目標収量を得るために必要な施肥量。水稲のリン酸の場合、品種や各地の気象と土壌条件を反映して、各都道府県内においても幅を持たせた数値となっており、その範囲は10アール面積あたり5.9±1.5kg~9.4±2.7kg(平均値±標準偏差)です。
  • 3)リン酸吸収係数
    • 土壌のリン酸を保持する能力を表す指標。土壌とリン酸を含む液を混合し、液中のリン酸減少量から評価されます。この値が大きい土壌では、作物に十分なリン酸を吸収させるには、多量のリン酸資材を施用する必要があると考えられています。
  • 4)土壌環境基礎調査
    • 農林水産省の補助事業として全国の都道府県が事業実施主体となり、農業試験研究機関によって実施された調査。農耕地土壌の特性と管理について、実態と時間的変化を総合的に把握するため、昭和54年度から平成9年度末まで5年1巡の周期で同一圃場の土壌及び土壌管理の状況が調べられました。

図1

図1 8試験地点とリン酸肥料削減試験における4年間の玄米収量の二事例

図2

図2 リン酸肥料無施用栽培における有効態リン酸の減少経過(細粒グライ土の例)
同じ土壌でリン酸蓄積が3段階(高、中、低)での試験結果

表1 土壌中有効態リン酸10mg/100gを維持するために必要な一作あたりのリン酸施肥量

土壌の
種類
細粒グライ土

(1110)
細粒灰色
低地土<1>
(900)
細粒灰色
低地土<2>
(630)
細粒灰色
低地土<3>
(390)
中粗粒灰色
台地土
(340)
中粗粒灰色
低地土
(180)
アロフェン質
黒ボク土
(2070)
リン酸量 11.1 14.0 5.8 4.9 3.2 6.3 8.6

単位はkg/10a、()内数値はリン酸吸収係数(mg/100g)
本試験で採用した標準施肥量は、10アール面積あたり6~12kg(平均8.3kg)。

表2 土壌の有効態リン酸含有量別のリン酸施肥推奨量

土壌の有効態リン酸含有量
(乾燥土100g当たり)
10~15mg 15mgより多
新しいリン酸施用推奨量 標準施肥量~
標準施肥量の半量
標準施肥量の半量