プレスリリース
(研究成果) 水稲品種「にじのきらめき」の暑さ対策

- 高温条件下でも外観品質低下が少ないメカニズム -

情報公開日:2022年6月 2日 (木曜日)

ポイント

近年の地球温暖化に伴い、登熟期が高温になりやすい地域での一等米比率の低下が深刻化する中で、農研機構が育成した水稲品種「にじのきらめき」は普及地域での4年間にわたる調査の結果、高い玄米外観品質が得られることが実証されました。また、「にじのきらめき」には登熟期の高温条件下でも穂の温度が上がりにくい「高温回避性」のメカニズムを有することを明らかにしました。

概要

近年温暖化に伴う登熟期1)の高温による玄米の外観品質低下が問題となっています。例えば日本でもっとも多く栽培されている「コシヒカリ」では、玄米の外観品質に大きな影響を及ぼす出穂後20日間の日平均気温2)が27°C以上になると白未熟粒3)の発生が増加し、整粒歩合4)が顕著に低下します。そのため、近年の温暖化の中では、一等米の目安である整粒歩合70%程度の確保が難しい状況にあります。

このような中、農研機構で育成した水稲品種「にじのきらめき」は、高温でも外観品質が低下しにくい高温登熟性に優れた品種として普及が進んでいます。しかしながら、どの程度高温に対して強いのか、その高温登熟性がどのようなメカニズムによって強化されたのか、については全く分かっていませんでした。

そこで、本品種の普及地域である新潟県・群馬県・岐阜県の公的研究機関および生産者の協力を得て、4年間にわたり気温と「にじのきらめき」の整粒歩合について調査を行いました。その結果、出穂後20日間の日平均気温が28°Cの高温でも一等米の目安である整粒歩合70%程度を維持できることが明らかとなり、優れた高温登熟性を備えていることを実証しました。また、高温条件下でも穂の温度が上がりにくい「高温回避性」が存在することを世界で初めて明らかにしました。「高温回避性」は穂が葉の中に隠れていることで、①穂への日射量が少なくなること、②穂周囲の葉の蒸散による冷却効果を受けやすくなること、が要因であると考えられます。このことによって「にじのきらめき」は暑い中でも玄米の外観品質が低下しにくいと推察されます。

本研究の成果は、高温登熟性を持つ水稲品種の栽培と育種戦略の両面に貴重な基盤的情報を与えるとともに、深刻化する地球温暖化の中での玄米外観品質の高位安定化に貢献します。

<参考>2018年9月6日 農研機構プレスリリース高温耐性に優れた多収の極良食味水稲新品種 「にじのきらめき」

関連情報

予算:運営費交付金

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構中日本農業研究センター所長中村 ゆり
研究担当者 :
水田利用研究領域上級研究員石丸
広報担当者 :
研究推進室広報チーム長谷脇 浩子
TEL 029-838-8421

詳細情報

開発の社会的背景

近年の温暖化に伴う登熟期の高温により、コメのデンプン蓄積過程が阻害され玄米の一部が白濁する白未熟粒の発生が多くなっています。白未熟粒が多発すると玄米の見た目(外観)が悪くなるため、玄米の等級が下がって市場での価値が低下し、生産者の所得が下がります。2019年には「コシヒカリ」の主要生産地である新潟県でも、8月初旬から中旬の異常高温と一時的なフェーンの発生により白未熟粒が多発し、例年では80%程度だった「コシヒカリ」の一等米比率5)が20%まで落ち込み、コメの品質に甚大な被害が生じました(図1)。「コシヒカリ」は日本で最も広く普及している水稲品種ですが、登熟期の高温に対してあまり強くなく、登熟期にあたる7月下旬から8月中旬が高温となる関東以西では、高温登熟性に優れた品種が強く求められています。

研究の経緯

農研機構中日本農業研究センターは、高温登熟性に優れる良食味多収水稲品種として、2018年に「にじのきらめき」6)を育成しました。「にじのきらめき」は今回現地調査を行った新潟県・群馬県・岐阜県のほか、茨城県・千葉県・静岡県などで普及が進んでいます。これまでの観察から、「にじのきらめき」は白未熟粒が発生しにくく、高温登熟性に優れていることは分かっていましたが、「コシヒカリ」と比べてどの程度高温に対して強いのか等、詳細な調査は行われていませんでした。加えて、高温登熟性のメカニズムは全く分かっていませんでした。

研究の内容・意義

1.「にじのきらめき」の高温登熟性
育成地のある新潟県と、登熟期にあたる8月の気温が高い群馬県・岐阜県において、公的研究機関および生産者の協力を得て、2018年から2021年の4年間にわたって気温と「にじのきらめき」及び「コシヒカリ」の玄米外観品質(整粒歩合)について調査を行いました。その結果、白未熟粒の発生に密接に関与する出穂後20日間の日平均気温の上昇に伴って、「コシヒカリ」では整粒歩合が大きく低下するのに比べて、「にじのきらめき」では低下が緩やかであることが明らかになりました(図2)。一般的に整粒歩合70%が一等米の目安となりますが、日平均気温が28°Cの条件で比較した場合、「コシヒカリ」は整粒歩合70%をはるかに下回りました。一方、「にじのきらめき」は70%程度を維持できたことから、本品種の優れた高温登熟性が実証されました(表1)。ただし、日平均気温が28°C以上となると「にじのきらめき」においても整粒歩合は70%を下回り、優れた高温登熟性にも限界があることも同時に判明しました(表1)


2.「にじのきらめき」の高温登熟性強化のメカニズム
「にじのきらめき」の優れた高温登熟性を支えるメカニズムを解明するために、農研機構中日本農業研究センター上越研究拠点(新潟県上越市 以下、上越研究拠点)の試験ほ場において、登熟期の午前11時から12時の穂の温度(穂温)を実際に測定したところ、特に高温条件下において穂温が「コシヒカリ」に比べて低く維持できることが明らかになりました(図3の実測値)

また、この穂温の実測値と気温のデータより、農研機構農業環境研究部門が開発した穂温推定モデル7)を用いて「にじのきらめき」および「コシヒカリ」のそれぞれのパラメータを調整、上越研究拠点での過去2018年から2021年の登熟期における穂温を推定したところ、実測値と同様に気温が高くなっても穂の温度を低く維持できる傾向が認められました(図3の推定値)

穂温推定モデルにおける「にじのきらめき」と「コシヒカリ」のパラメータを比較し、「にじのきらめき」のどのような特性が穂温の上昇を抑えるのに役立っているかを推定したところ、「にじのきらめき」では登熟期も穂が群落の中に隠れているために(図4)、穂への直射日射量が少ないことや、穂の周りの止葉の蒸散による冷却効果8)を受けやすくなっている可能性が示されました。このことから、「にじのきらめき」の優れた高温登熟性には、登熟期の高温ストレスをイネ自らの能力で緩和する「高温回避性」のメカニズムが寄与していることが示唆されました。水稲の高温登熟性については、これまで高温ストレスに耐えて高いデンプン蓄積能力を示す「高温耐性」については報告がありますが、今回見いだした「高温回避性」のメカニズムについては、世界で初めての発見です。

今後の予定・期待

本研究により、「にじのきらめき」の優れた高温登熟性がいくつかの普及地域のほ場で実証されました。出穂後20日間の日平均気温を28°C程度に抑える作付けスケジュールを立てることで、栽培地域では「にじのきらめき」の高い玄米外観品質を保つことができると想定されます。今後作付け予定の生産者に高品質生産が可能な作付け時期の情報を提供します。

本研究は、これまで「にじのきらめき」の高温登熟性の仕組みとして考えられていた高温耐性の他に、高温回避性が存在することを明らかにしました。将来的には、「高温耐性」が高い品種と「高温回避性」が高い品種との交配による、高温登熟性がより強化された品種の育成が期待されます。

用語の解説

登熟期
稲の穂が現れる時期を出穂期といい、出穂してから収穫までのコメが肥大し実る期間を登熟期という。登熟が完了すると収穫となる。温度や日射の条件にもよるが、通常、登熟期間は40~50日である。
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出穂後20日間の日平均気温
出穂(穂が現れること)日から出穂後20日までの日平均気温の平均。北陸地域での「コシヒカリ」の慣行栽培では、8月上旬からの20日間に相当する。「コシヒカリ」では出穂後20日間の日平均気温の平均値が27°C以上になると白未熟粒の発生が増加し、整粒歩合が顕著に低下するため、登熟期の高温が玄米の外観品質に及ぼす影響を評価するうえで重要な指標となっている。
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白未熟粒
登熟期に高温や低日射などのストレスを受けることにより、コメにデンプンが十分に蓄積されないまま登熟を完了した白く濁った玄米の総称を白未熟粒という。デンプン粒が蓄積されなかった空隙では光が乱反射し、玄米が白く濁ったように見える。
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整粒歩合
通常の条件でコメが登熟すると、デンプンが十分に蓄積された透明な玄米(整粒)が多くなり、そのことを整粒歩合が高い、という。登熟期が異常高温で経過した2019年の新潟県の「コシヒカリ」では白未熟粒が多発したが、「にじのきらめき」は白未熟粒が少なく、整粒歩合が高かった(図1)
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一等米比率
玄米の等級のうち、最も外観品質の高い玄米を指す一等米の割合。整粒歩合で一等米は70%以上、二等米は60~70%、三等米は45~60%が目安となる。
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「にじのきらめき」
農研機構中日本農業研究センターが2018年に開発した、高温登熟性と耐倒伏性に優れた中生水稲品種。「コシヒカリ」並の極良食味で大粒、多収を示す。縞葉枯病に抵抗性を持つため、本病害が問題化しやすい麦作地帯でも栽培可能な品種。
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穂温推定モデル
屋外水田での水稲の穂の温度は、気温とは異なる。そこで農研機構農業環境研究部門は、水稲の高温障害を解明するためのツールとして、様々な気象条件で穂温を推定する微気象モデル(IM2PACT)を開発した。IM2PACTは、農研機構のモデル結合型作物気象データベース(MeteoCrop DB)にも実装され、全国の地上気象観測所で穂温を算定することができる。
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蒸散による冷却効果
植物の蒸散(植物体内の水分が水蒸気になって植物体外に発散されること)や水面からの蒸発に伴う気化冷却効果。水が蒸発する際の気化熱の働きで、地面や周囲の温度を下げる打ち水の効果と同じ。
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発表論文

Tsutomu ISHIMARU, Masaki OKAMURA, Ichiro NAGAOKA, Hiromichi YAMAGUCHI, Mayumi YOSHIMOTO, Youichi OHDAIRA (2022) Quantitative assessment on the grain appearance of a new Japanese rice cultivar 'Niji-no-kirameki' with a novel heat-avoidance mechanism during ripening. Plant Stress, 4, 100074. doi.org/10.1016/j.stress.2022.100074

参考図

図12019年の登熟期異常高温年における「コシヒカリ」(左)と「にじのきらめき」 (右)の玄米(上越研究拠点のほ場で収穫)
図2「にじのきらめき」と「コシヒカリ」における出穂後20日間の日平均気温と整粒歩合との関係
・新潟県・群馬県・岐阜県における2018~2021年の4年間にわたる玄米外観品質の調査。にじ:「にじのきらめき」、コシ:「コシヒカリ」。
・出穂後20日間の日平均気温の上昇に対する整粒歩合の低下程度(直線の傾き)は、「にじのきらめき」が「コシヒカリ」よりも緩やかであることが分かる。
表1新潟県・群馬県・岐阜県のほ場における「にじのきらめき」と「コシヒカリ」の出穂後20日間の日平均気温と整粒歩合
・全体平均では「にじのきらめき」の出穂後20日間の日平均気温が28.0°Cで整粒歩合 が70%程度の68.8%.一方で「コシヒカリ」は28.1°Cで48.1%。
・「にじのきらめき」では出穂後20日間の日平均気温が28.0°C未満であれば、一等米の基準である整粒歩合70%程度を達成できると想定される。
図3午前11-12時の気温と穂温の品種間差との関係(上越研究拠点のほ場における調査)
・穂温の品種間差(Y軸)は「にじのきらめき」と「コシヒカリ」との差分で表している。
・図中の○ と + は2020年と2021年の放射温度計での穂温実測値。色付きの凡例は穂温推定モデル(IM2PACT)に基づいて調査地の気象条件から計算した2018~2021年の登熟期における推定穂温。
Y軸のマイナスの値が大きいほど「にじのきらめき」では「コシヒカリ」に比べて穂温が上がりにくいことを示す。午前11-12時の気温が高いほど、「にじのきらめき」は「コシヒカリ」に比べて穂温が上がりにくいことが分かる。
図4出穂後20日頃の「にじのきらめき」(左)と「コシヒカリ」(右)のほ場での様子
・図3で「にじのきらめき」では「コシヒカリ」に比べて穂温が上がりにくい要因として、「にじのきらめき」では穂が葉の中に隠れているために、穂への直射日射量が少ないことや、穂の周りの葉の蒸散による冷却効果を受けやすい可能性が推察される。
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