プレスリリース
大豆の落ちこぼれを救う遺伝子

- 機械収穫に対応した品種開発に弾み -

情報公開日:2014年12月 2日 (火曜日)

ポイント

  • 収穫期の大豆の脱粒(豆の畑への落下)による収穫ロスを抑える遺伝子を明らかにし、pdh1と名付けました。 
  • 莢(さや)のねじれを抑えることで、莢がはじけ(裂開し)脱粒するのを防いでいます。 
  • 海外の主要生産国の多くの品種は既にpdh1をもっていますが、国内の主要品種のほとんどはpdh1をもっていないことが判明しました。 
  • pdh1を導入することで、機械収穫に対応した、脱粒しにくい大豆品種の開発が効率化されます。

概要

農研機構、北海道大学、農業生物資源研究所(以下、生物研)、香川大学は、共同で、大豆の収穫期の脱粒(豆の畑への落下)を抑え収穫ロスを防ぐことで、大豆の安定生産をもたらす遺伝子を明らかにしました。

大豆は成熟すると、乾燥によって莢がはじけ(裂開し)、収穫前や収穫作業時に脱粒し、大きな損失を被ることがあります。特に近年、コンバイン収穫の普及によりこの問題が顕在化しています。今回明らかにした遺伝子pdh1をもつ大豆は、成熟しても莢がはじけにくくなり(難裂莢性)、脱粒による収穫ロスが大幅に減少します。

pdh1は、乾燥したときの莢のねじれを抑えることではじけにくくしています。また、pdh1は、米国や中国など、比較的乾燥した気象条件下で機械収穫が行われている大豆の主産地の多くの栽培品種に導入されている一方、国内の主要品種のほとんどはpdh1をもっていないことがわかりました。

この成果は、12月2日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要オンライン速報版で掲載されます。

農研機構では、現在pdh1とそのDNAマーカーを利用して、大豆品種の開発を進めています。今回、pdh1遺伝子とその機能が明らかになったことで、難裂莢性品種の育成が加速することが期待されます。

 

発表論文タイトル:

Molecular basis of a shattering resistance boosting global dissemination of soybean.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)doi:10.1073/pnas.1417282111

予算:運営費交付金

新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業(2006~2009)
JSPS科研費24580017(2012-2014)
新農業展開ゲノムプロジェクト(2008-2012)

問い合わせ先

研究推進責任者:農研機構北海道農業研究センター 所長 門脇 光一

研究担当者:農研機構北海道農業研究センター 主任研究員

  (現:近畿中国四国農業研究センター) 船附 秀行

Tel 084-923-5231 Fax 084-923-5215

  国立大学法人北海道大学大学院農学研究院 准教授 藤野 介延

Tel 011-706-2472 Fax 011-706-2472 
E-mail:kaien@res.agr.hokudai.ac.jp

  独立行政法人農業生物資源研究所 ユニット長 石本 政男

Tel 029-838-7452 Fax 029-838-7452

  国立大学法人香川大学農学部 教授 片山 健至

Tel 087-891-3083 Fax 087-891-3021

広報担当者 :農研機構近畿中国四国農業研究センター 広報普及室長 船附 秀行

Tel 084-923-5231 Fax 084-923-5215

本資料は筑波研究学園都市記者会、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、道政記者クラブ、札幌市政記者クラブ、北海道教育庁記者クラブ、香川県教育記者クラブに配付しています。

 

研究の背景と経緯

種子で繁殖する野生植物は、より広い範囲に拡大して子孫を残すため、種子を散布させるためのなんらかの機能をもっています。風や動物など外的な「運び屋」を利用するものもありますし、ホウセンカに代表されるように、植物自身で種子を飛散させるものもあります。野生大豆1)などマメ科植物もその一例で、成熟すると莢がはじけて(勢いよく裂開して)、種子を遠くまで飛散させます。

大豆の莢は、2枚の莢殻が縫合部で接着されて袋状になり、その中に種子(豆)が入っています(図1)。一般的に、莢が成熟し乾燥すると、莢殻どうしの接着力が弱くなるか、引き離そうとする力が強くなるか、あるいはその両方で莢がはじけます。

こうした性質は、野生植物にとって必要ですが、作物の場合、収穫する前に生産物を損失することになります。そのため、野生の植物が作物となっていく過程で、できるだけ種を飛散させない、すなわち、脱粒しない個体が選ばれ、品種となり、現在に至っています。栽培大豆は一般に野生大豆に比べ、莢が裂開しにくい性質(難裂莢性)がありますが、栽培大豆の品種間でもその程度に大きな違いがあります。裂莢しやすい品種では、収穫の遅れによって脱粒が増し、30%もの豆を損失することが報告されています。

世界最大の大豆の生産地の一つである米国などでは、収穫時期が乾燥しやすい気象であることに加え、古くから大規模なコンバイン収穫が行われてきたことから、難裂莢性を備えた品種が主流となっています。一方、伝統的に国内の大豆は、「畦豆」2)に代表されるように、小規模に栽培し、収穫を手刈りやバインダーで行っていました。また、収穫期の秋が比較的湿潤なこともあり、国内で裂莢は大きな問題にならず、難裂莢性を備えていない品種が栽培されてきました。

しかし、近年、わが国の大豆栽培も大規模化されコンバイン収穫が一般的となりました。また、今後、温暖化が進行し、収穫時期に乾燥することも懸念されています。そのため、国内でも安定生産のために難裂莢性が重要視されるようになり、そうした特性をもつ品種を効率的に育成するため、その分子基盤の解明が求められていました。

そこで、農研機構(北海道農業研究センター、作物研究所、近畿中国四国農業研究センター)、北海道大学、生物研、香川大学は、難裂莢性遺伝子を特定し、メカニズムを解明することを目的に研究を進めました。

研究の内容・意義

  • 大豆の難裂莢性遺伝子は、第16番染色体上の1つの遺伝子が壊れ、その機能を失ったものであることがわかりました。正常な機能をもつ遺伝子(裂莢しやすくする遺伝子)が優性であることから、易裂莢性遺伝子をPdh1(Pod dehiscence 1:莢の裂開)、難裂莢性遺伝子をpdh1と名付けました(図2)。 
  • 大豆の莢殻は乾燥するとねじれて、互いに離れようとしますが、乾燥条件で莢殻のねじれを測定すると、pdh1型の莢は、Pdh1型に比べ、ねじれにくいことがわかりました(図3)。pdh1型では莢殻を引き離す力がPdh1型に比べて弱く、裂莢性に差が出ることが示されました(図4)。 
  • 実験植物のシロイヌナズナでは、人工的に作出した、いくつかの難裂莢性の突然変異体の解析により、その原因遺伝子とメカニズムが解明されていますが、いずれの場合も莢の縫合部に影響を及ぼす遺伝子が成熟後の莢殻の接着力を維持することで難裂莢性にしていました。本研究で明らかになったのは、莢殻を引き離すメカニズムに関わる新規の遺伝子です。 
  • 野生大豆にpdh1はみられませんが、栽培大豆の発祥の地である中国では、在来品種3)でも約半分がpdh1をもっていました。また、中国の在来品種を主な起源とする現代の北米の大豆では、90%以上の品種がpdh1型になっていました。乾燥地域、また、機械収穫を前提とする大規模栽培を行っている地域では、pdh1をもった品種が優先的に選ばれ、こうした地域での収量向上に貢献してきたことが推定されました。 
  • 一方、日本の在来品種にほとんどpdh1型はみられず、その血を受け継ぐ、現在の主要品種も、pdh1をもっているのは、「ユキホマレ」のみで、「フクユタカ」、「エンレイ」、「リュウホウ」、「タチナガハ」、「サチユタカ」などはすべてPdh1型(易裂莢型)でした。

今後の予定・期待

  • 農研機構では、pdh1型品種との交配と本研究の過程で開発したDNAマーカーの利用によって、「サチユタカ」「フクユタカ」などの主要品種に難裂莢性を導入した品種・系統を育成しています(「サチユタカA1号」、「関東120号」等)。さらに、今後も諸品種に難裂莢性を導入する予定です。本研究で遺伝子が特定できたことで、より精度が高く効率的な品種育成が可能になります。 
  • 裂莢が問題となっている他のマメ科作物や菜種などにおいて、Pdh1と同様の役割を担う遺伝子の機能を失った突然変異体を探索することで、難裂莢化が図られることが期待されます。

補足

図1.大豆の莢の構造

図1.大豆の莢の構造

 

図2

図2.裂莢性に関わる遺伝子とその産物のタンパク質の配列.3つの塩基配列が1つのアミノ酸(タンパク質を構成する要素)の暗号になっている.Pdh1pdh1では、一塩基多型(SNP)により、塩基配列で示されるタンパク質の設計図が書き換わっている.すなわち、pdh1では、Pdh1の91番目の塩基がAからTに変化したことによって、アミノ酸をそれ以上付加しないようにする暗号の「終止コドン」になっている.そのため、183個のアミノ酸から構成されるタンパク質になるべきところ、30個のアミノ酸から構成されるタンパク質になり、不完全になっている. 


図3

図3.人工的に裂莢させた後に乾燥条件においた場合のpdh1型とPdh1型の莢殻のねじれ.

 

harc20141127_prsz4.png

図4.乾燥条件下でのpdh1型品種とPdh1型品種の裂莢程度.

 

発表論文

Hideyuki Funatsuki, Masaya Suzuki, Aya Hirose, Hiroki Inaba, Tetsuya Yamada, Makita Hajika, Kunihiko Komatsu, Takeshi Katayama, Takashi Sayama, Masao Ishimoto & Kaien Fujino (2014) Molecular basis of a shattering resistance boosting global dissemination of soybean. Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America, doi:10.1073/pnas.1417282111

 

用語等の解説

1)野生大豆
ツルマメとも呼ばれ、中国、朝鮮半島、日本、ロシア東部などに自生しています。栽培大豆の学名がGlycine maxであるのに対し、Glycine sojaと、別種として扱われていますが、交配は可能です。栽培大豆は、3000年-5000年ほど前に、中国で野生大豆が栽培化され誕生したと考えられています。

harc20141127_prs5.png野生大豆の植物体

2)畦豆
大豆は、以前、水田の畦に植えられることがよくあり、枝豆として食されたり、自家製味噌の原料として使用されたりしました。

3)在来品種
ある地域で古くから栽培され、農家等で受け継がれてきた品種を在来品種といいます。一方、公的機関や民間企業で、交配や選抜を行って開発した品種を育成品種といいます。