プレスリリース
前作を考慮することでダイズのリン酸施肥を削減可能に

情報公開日:2015年2月20日 (金曜日)

―共生微生物の活用で限られた資源を有効活用―

ポイント

  • 北海道のダイズ栽培において、前作物の種類によってはリン酸施肥量を標準量から削減しても収量や初期生育が変わらない事を示しました。
  • 前作物の種類により削減できる肥料の量や適用条件を明らかにし、マニュアルとして取りまとめました。

概要

農研機構と北海道立総合研究機構は、生産者圃場における3年間の実証試験から、前作物の種類を考慮すればダイズ畑へのリン酸施肥量を3割削減できることを明らかにし、技術マニュアルとして取りまとめました。

近年、リン酸資源の偏在や開発途上国の需要拡大によりリン酸肥料の価格が高止まりとなっています。リン酸資源を100%輸入に頼っている我が国では、リン酸肥料の効率的利用に資する技術の開発が求められており、リン酸の減肥に取り組むことは、生産コストや環境負荷の低減にもつながります。

これまで、前作物の種類が違うとダイズの初期生育や収量が異なり(前作効果1))、これが土壌中の植物の根に共生してリン酸などの養分吸収を促進するアーバスキュラー菌根菌(AM菌)2)の作用によるものであることが明らかにされてきました。しかし、生産者の圃場においてその効果は実証されていませんでした。

農研機構と北海道立総合研究機構は、道央・道東地域のダイズ生産者圃場で3年間にわたってリン酸減肥実証試験を行いました。その結果、AM菌が共生する「宿主作物」の跡地では、共生しない「非宿主作物」の跡地に比べてダイズのAM菌感染率が高く、収量を落とさずにダイズへのリン酸施肥を削減できることなどを解明しました
(http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/narc_sehisakugen_man_s03.pdf)。

この技術は、北海道のダイズ栽培において、効率的な施肥によるコスト低減や環境に負荷をかけない技術として普及が見込まれます。また、都府県やダイズ以外の作物の栽培への適用も検討しています。

 予算:農林水産省委託プロジェクト「地域内資源を循環利用する省資源型農業確立のための研究開発」
(平成23年度からは「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクト」、平成21年~平成25年)
道知事公約関連事業予算「新たな行政ニーズに対応した緊急技術開発促進事業(平成23年~平成25年)」

問い合わせ先など

研究担当者

農研機構北海道農業研究センター 大友 量、杉戸智子、岡 紀邦
Tel 011-857-9241

広報担当者

農研機構北海道農業研究センター 情報広報課長補佐 柴垣 誠
Tel 011-857-9260 Fax 011-859-2178
プレス用e-mail:cryoforum@ml.affrc.go.jp

 

本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、道政記者クラブ、札幌市政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会に配布しています。

※農研機構(のうけんきこう)は、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。


詳細情報

研究の社会的背景

リン酸資源の偏在や、開発途上国での需要の拡大によるリン酸肥料の価格高止まりなどが懸念されるなかで、我が国はリン酸資源の多くを輸入に頼っており、輸入したリン酸資源のほとんどを肥料として利用しています。リン酸の有効利用は、生産コストの低減や環境負荷の軽減技術としても開発が求められています。

研究の経緯

北海道のダイズ栽培において、同じ条件で栽培しても前作物の種類が違うと初期生育や収量が異なる「前作効果」( 図1)が明らかになっており、その要因として土壌中のアーバスキュラー菌根菌(以下、AM菌)の活性の違いが考えられています。しかしながら、生産者圃場における「前作効果」の程度は不明で、現在の施肥基準に前作の影響は考慮されていませんでした。そこで、前作で栽培される作物の違いが、ダイズ栽培における生産性や肥料の要求性に及ぼす影響を明らかにするため、3年間にわたって生産者圃場におけるリン酸減肥の実証試験を行いました。

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図1 前作効果

前作にAM菌の宿主作物を栽培すると、土壌中のAM菌が増殖することにより、次作のAM菌感染量が増加し生育促進効果が得られます(A)。一方、非宿主を栽培した場合には土壌中のAM菌は減少するので、次作でのAM菌による生育促進効果は少なくなります(B)。

研究の内容・意義

AM菌は植物の根に共生して、リン酸などの養分吸収を促進する土壌微生物です。AM菌は植物と共生しないと増殖できないため、土壌中のAM菌密度はAM菌が共生できる植物(宿主植物)の栽培跡地では増加し、裸地や共生できない植物(非宿主植物)の跡地では減少します。今回の調査で、生産者圃場においても宿主跡で非宿主跡よりも感染率が高いことが分かりました。

実際にリン酸減肥条件でダイズの栽培試験を行うと、AM菌宿主の跡地ではリン酸施肥量を5割減らしても収量が低下しないのに対し、AM菌非宿主の跡地では減肥に従って収量は低下しました(図2)。また、宿主跡でも、収量レベルが高い圃場ではリン酸の減肥によって収量が低下する場合があることや、AM菌の感染率が低い時にはリン酸の5割減肥によって初期生育が低下することが示されました。

以上から、生産者圃場でもAM菌宿主の跡地ではダイズのリン酸施肥を現在の基準から3割削減することが可能であることを明らかにし、その適用基準を作成しました(表1)。 AM菌を活用したリン酸減肥技術のマニュアルは、http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/narc_sehisakugen_man_s03.pdfから入手できます。harc20150217press_img2.png

図2 リン酸施肥率とダイズ収量変化の関係

横軸は標準施肥量(100)に対するリン酸の施肥率で、70が3割減肥に、50は5割減肥に相当します。縦軸は減肥した時の収量変化(減肥区の収量/ 標準収量 x100)で、箱の上端・中線・下端はそれぞれ得られたデータの75%点・中央値・25%点を、縦棒の上端・下端は得られたデータの最大値・最小値を示します。収量相対値の中央値(箱の中線)は宿主跡(左)では5割減肥まで低下しませんが、非宿主跡(右)では減肥に従って低下しました。

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今後の予定・期待

本成果は北海道のダイズ生産者圃場で得られたものですが、道外やダイズ以外の宿主作物の栽培への応用が見込まれます。ただし減肥可能レベルや適用可能条件はそれぞれのケースで別途検討する必要があります。また、AM菌の感染率が十分高い場合はリン酸を5割減肥しても初期生育の低下リスクは小さい事から、現在は作付け前にAM菌の活性を評価する技術の開発に取り組んでおり、これによってさらに効率的な施肥が可能になると期待できます。また、堆肥やてんさいの作物残渣といった大量の有機物が還元される場合には、AM菌感染率が低くとも有機物からの養分供給によってリン酸減肥が可能となる場合があり、様々な条件下でAM菌の働きがどの程度なのかを把握していくことが重要です。

農研機構ではAM菌の活用技術を、環境に優しく低コスト生産が可能な循環型農業実現のための重要なツールと位置づけ、さらに開発を進めています。

用語の解説

1)前作効果(ぜんさくこうか)
アーバスキュラー菌根菌(AM 菌)は植物の根に共生しないと次世代の胞子を作る事ができません。そのため裸地跡や、ソバ・ナタネ・テンサイなどAM菌が共生しない植物(非宿主植物)の跡地では土の中のAM菌密度が減少します。その結果、前の作物がAM菌の宿主であるか非宿主であるかによってAM菌の機能(効率的なリン酸の吸収など)がどれだけ期待できるかが異なります。このように前作によって初期生育やリン酸の吸収が変化することを「前作効果」と呼びます。

2)アーバスキュラー菌根菌(あーばすきゅらーきんこんきん、Arbuscular Mycorrhizal Fungi, AM菌)
植物の根にカビ(糸状菌)の一種が共生し、根の外に伸ばした菌糸から水や養分を吸収して根の中の菌糸に運んで植物に供給する仕組みを菌根(きんこん)と呼びます。また、菌根を形成する菌を菌根菌と呼びます。菌根菌の中でもっとも一般的なものがアーバスキュラー菌根菌(AM 菌)です。これまでに調べられた陸上植物の 80%以上が菌根を形成し、菌根を作る植物の 70?80%がAM菌と共生すると考えられています。かつてVA菌根菌と呼ばれていたものと同一で、VA菌根菌は土壌微生物で唯一、政令指定の土壌改良資材(リン酸吸促進)に認定されています。