プレスリリース
土着微生物を利用した農耕地由来の温室効果ガスの削減

- 日本土着の根粒菌を用いてダイズ畑でのN2O発生を削減 -

情報公開日:2016年10月20日 (木曜日)

農 研 機 構
東 北 大 学

ポイント

  • 温暖化とオゾン層破壊の原因物質である一酸化二窒素(N2O)を窒素ガス(N2)に還元する能力を持った土着ダイズ根粒菌の利用により、収穫期のダイズ畑からのN2O発生を30%削減できることを野外実験で証明しました。
  • もともと農耕地土壌に生息している土着の根粒菌を全国から採集し、これらの混合株をダイズ種子に接種する本手法は、多様な土壌や気象を持つ日本の農業現場でも導入しやすく周辺環境への影響が小さいことが期待されます。

概要

  1. ダイズ根粒菌はダイズの根に根粒という組織を形成し、窒素固定を行いながらダイズと共生しています。ダイズの収穫期には老化した根粒は壊れますが、このとき有機物(窒素化合物)が分解されることにより、一酸化二窒素(N2O)が発生します。
  2. 農研機構農業環境変動研究センターと東北大は、根粒菌を利用したダイズ畑でのN2O削減技術の開発に取り組み、これまでに、人為的に開発した「N2O 還元する能力を強化したダイズ根粒菌」を用いてダイズ畑からの収穫期のN2O 発生量を半減する技術を開発しています。
  3. 今回、人為的に開発した菌に代わり、日本の農耕地の土壌に生息している土着ダイズ根粒菌からN2Oを還元する酵素を持つ株を全国から採集し、これらの混合株をダイズに接種することによりN2O 発生量を削減する技術を開発し、ダイズ畑からの収穫期のN2O 発生量を30%削減できることを野外実験で証明しました。
  4. もともと農耕地土壌に生息している土着の根粒菌を利用するために接種効率1)が上がるほか、現場に導入した際にも周辺環境への影響が小さいことが期待されることから、より農業現場で利用しやすい技術開発につながります。
  5. 本研究成果は、英国科学誌 「Scientific Reports」 に受理され、2016年9月16日発行のオンライン版に発表されました。

関連情報

予算:
生物系特定産業技術研究支援センター イノベーション創出基礎的研究推進事業「微生物を利用した農耕地からの一酸化二窒素ガス発生削減技術の開発」、最先端・次世代研究開発プログラム「温室効果ガスの高精度モニタリングと環境メタゲノミクスの融合によるN2O削減」、JSPS科研費 JP 26292184「安定同位体自然存在比と微生物解析を用いた農耕地からのN2O発生メカニズムの解明」およびJP26252065「ダイズ根粒菌の共生進化ダイナミズムと温室効果ガス削減の分子機構」

詳細情報

背景

一酸化二窒素(N2O)は、二酸化炭素の約300倍の温室効果をもつ強力な温室効果ガスで、またオゾン層の破壊の原因物質でもあります。世界のN2Oの最大の人為的発生源は農業で、約60%を占めています。そこで、農耕地から発生するN2Oを削減するための様々な技術開発が進められています。

農耕地からのN2O発生源のひとつにダイズ畑があります。ダイズは世界的に生産量が増加しており、農耕地全体の6%を占めています。ダイズは他の多くの作物とは異なり、根に根粒菌という細菌を共生させ、根粒菌が空気中の窒素ガス(N2)から生産する窒素化合物を利用して成育しています(図1)。根粒菌は「根粒」(写真1)という組織を形成しますが、ダイズ収穫期には老化した根粒が壊れ、中に含まれる有機物(窒素化合物)が分解されることにより、N2Oが発生します(図2)。この時期に発生するN2Oは、ダイズ栽培期間全体の7-8割を占める場合もあります。そこで農研機構と東北大は、根粒が老化してもN2Oを発生させない根粒菌を利用したダイズ畑でのN2O削減技術の開発に取り組んでいます。

経緯

これまでに東北大では、根粒菌の中には N2O をN2に還元する酵素(N2O 還元酵素)を持つ株があり、この酵素を持つ株が共生しているダイズではN2O の発生量が抑えられることを明らかにしています。

さらに農研機構と東北大は共同で、進化加速法2)により開発した「N2O 還元酵素活性を強化したダイズ根粒菌」を用いて、ダイズ畑からの収穫期のN2O 発生量を半減する技術を開発しています(農業環境技術研究所(現 農研機構農業環境変動研究センター):平成24年11月12日プレスリリース)。しかしながら、進化加速法により開発したN2O 還元酵素強化株を農業現場で使うには、環境に与える影響について詳細な確認が必要であり、また特殊な手法をもちいることから開発コストが高いという問題がありました。

そこで今回は、農耕地土壌にもともと生息している土着ダイズ根粒菌を利用した、N2O削減技術の開発を行いました。

内容・意義

  • 日本各地の32ヶ所の農耕地に生息している土着の根粒菌125株から、N2O 還元酵素を持つ根粒菌63株を分離しました。
  • 63株の混合株をダイズに接種することにより、収穫期のダイズ畑におけるN2O発生量が約30%削減できることを、野外栽培試験にて実証しました(写真2図3)。
  • これまで、接種根粒菌はN2O 還元酵素を持たない土着根粒菌との競合に弱く、接種効率を上げることが難しいという問題がありました。しかし、今回の研究では、混合株を接種することにより、接種効率を向上することに成功しました。また、このような混合株の利用により、土壌や気象条件が異なる日本の農耕地において、より多様な環境に適応できる可能性があります。

今後の予定・期待

本成果は、農耕地土壌にもともと生息している土着の根粒菌を利用するため、接種効率が上がり、農業現場に導入した際も周辺環境への影響が小さいことが期待されることから、微生物を用いた温室効果ガスの削減技術の実用化に向けて大きく前進しました。現在、生産性向上を目的とした様々な根粒菌接種資材が世界中で市販されていますが、さらに温室効果ガス削減効果を付与したものはありません。本成果を利用した根粒菌接種資材の開発に向けた研究を進めていきます。

発表論文・資料

  1. Hiroko Akiyama, Yuko Takada Hoshino, Manabu Itakura, Yumi Shimomura, Yong Wang, Akinori Yamamoto, Kanako Tago, Yasuhiro Nakajima, Kiwamu Minamisawa & Masahito Hayatsu (2016) Mitigation of soil N2O emission by inoculation with a mixed culture of indigenous Bradyrhizobium diazoefficiens (2016) Scientific Reports, DOI:10.1038/srep32869
  2. 農業環境技術研究所:平成24年11月12日プレスリリース「根粒菌による温室効果ガスの削減」(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/press/121112/press121112.html)

用語の解説

  1. 接種効率

    根粒菌接種を行ったダイズ株に形成されたダイズ根粒全体において、接種菌により形成された根粒の割合。

  2. 進化加速法

    DNA複製時の校正機能を低下させることで突然変異率を高め、選択圧により有用な変異体を取得する手法である。東北大は本手法を初めて大腸菌以外の菌に適用し、 ダイズ根粒菌の N2O 還元酵素強化株を取得するための方法を確立しました。

参考図

写真1

写真1 ダイズの根粒

丸いこぶのように見えるのが根粒です。

図1

図1 根粒と根粒菌

根粒菌は、マメ科植物の根に根粒と呼ばれる瘤(こぶ)を形成し、根粒中で大気中の窒素ガスを植物に利用可能なアンモニア態窒素に変換し、植物に供給する土壌微生物です。根粒内には植物側から光合成産物が供給されることにより共生関係が成立していることから、このプロセスは共生的窒素固定と呼ばれています。

図2

図2 N2O還元酵素を持たない根粒菌と持っている根粒菌のガス発生の違い

N2O還元酵素を持たないダイズ根粒菌では収穫期に根粒に含まれる有機物の分解によりN2Oを発生するが、N2O還元酵素を持つ根粒菌はN2Oを無害な大気成分である窒素ガス(N2)に変換することができます。

写真2

写真2 野外実証試験圃場の写真

写真のダイズのうち、一部はダイズ根粒菌を接種したダイズである。また、圃場に設置された蓋つきの箱はN2O測定用のチャンバーです。

図3

図3 収穫期のN2O発生

根粒菌を接種しない区(非接種区)では、ほとんどの根粒はN2O還元酵素を持たないダイズ根粒菌によるものであり、N2Oの発生が多かった。これに対し、N2O還元酵素を持つ根粒菌を接種した区(根粒菌混合株接種区)は収穫期のN2Oの発生量が約30%削減されました。