プレスリリース
(研究成果) 水田は、周辺地域の気温の上昇を緩和しているが、 その効果は大気CO2の増加により低下する

情報公開日:2021年3月12日 (金曜日)

農研機構
北海道大学

ポイント

水田には、水田および周辺地域の日中の気温上昇を緩和する効果1)がありますが、新たに開発した数値モデルで、水稲の気孔応答2)などを反映させることによりこの水田の持つ気象緩和効果の大きさを見積もることに成功しました。このモデルにより、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が現在(400ppm)の2倍に増加した条件では、水稲の葉からの蒸散3)が抑えられ、関東付近では夏季の晴天日における水田の日中の気温は、平均で0.44°C上昇し、市街地も平均で0.07°C、水田近傍では最大0.3°C上昇することがわかりました。今世紀末までに想定される大気CO2濃度の上昇は、温室効果による気温上昇をもたらすだけではなく、水田の気象緩和効果を弱める可能性があることが示されました。

概要

日本をはじめ、アジア各国の典型的な景観の一部として親しまれる水田には、水田や周辺地域の気温上昇を緩和させる効果があることが知られています。一般に、盛んに蒸散している植物は気化冷却4)により植物体温が低くなることから、特に晴天の日中に周辺の気温上昇を抑えますが、大気中のCO2濃度が上昇すると、植物体の気孔の開き具合(気孔開度)が小さくなるため、蒸散が減ることで、植物による気温上昇を抑制する効果が低下します。このため「水田の気象緩和効果」は将来的に低下するのではないかと懸念されています。そこで、農研機構と北海道大学低温科学研究所は、水稲の気孔応答による温度の変化と上空の大気層との相互作用を考慮した、大気-水田生態系結合モデルを開発し、関東付近の市街地を含む水田が広がる地域を対象にシミュレーションをおこないました。その結果、現在の夏季の典型的な晴天日における水田の日中の最高気温は、対象とした地域の市街地と比べて2°Cほど低くなることが示されました。しかし、大気CO2濃度が倍増した条件では、水稲の蒸散が減って気温上昇抑制効果が減り、水田の気温は0.2~0.7°C(平均で0.44°C)ほど現在よりも上昇することがわかりました。市街地では水田の気温上昇の影響を受けて平均で0.07°C上昇しますが、市街地のうち水田地帯に隣接するような場所では最大で0.3°Cほど気温が上昇すると推定されました。
これらの結果より、将来、大気中のCO2濃度が上昇すると、「水田の気象緩和効果」が低下し、水田およびその周辺地域の日中の最高気温が上昇することが分かりました。また温暖化による気温上昇と相まって、水田では夏季の高温によるお米の品質低下や不稔などの障害リスクが増加する可能性が懸念されます。
本成果は、国際科学誌Boundary-Layer Meteorologyに掲載されました(オンライン版2021年3月5日)。

関連情報

予算:科学研究費助成事業「19H03077」、「17H03896」、「20H03112」、環境研究総合推進費「2-1907」、北海道大学低温科学研究所・一般共同研究「20G019」、「19G016」、「18G015」

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農業環境変動研究センター 所長 渡邊 朋也
研究担当者 :
同 気候変動対応研究領域 主任研究員 伊川 浩樹
北海道大学低温科学研究所 教授 渡辺 力
広報担当者 :
農研機構農業環境変動研究センター 研究推進室(兼本部広報専門役) 大浦 典子

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

農業にとって気象は資源ともいわれており、農作物の生育にとって適切な気象環境は不可欠です。近年、地球温暖化などの気候の変化によって、我々人間の居住空間だけでなく、農作物が享受する気象資源が変化することへの懸念が高まっています。例えば、夏期の異常な高温は、水稲の生育に不利益をもたらすことがわかっています。
日本をはじめ、アジア各国の典型的な景観の一部として親しまれる水田には、水田や周辺地域の気温上昇を緩和させる効果がある(水田の気象緩和効果)ことが知られています(用語解説参照)。しかし、この「水田の気象緩和効果」が将来にわたり持続するのかについては、明らかになっていません。
大気中のCO2濃度が上昇すると、植物体の気孔の開き具合が小さくなるために蒸散が減り、その分、植物体の温度が上昇して植物が大気を温めるエネルギーが増加します。その結果、水田やその周辺の気温が上昇することが考えられますが、どの程度、気温が上昇するのかを定量的に示す手段がありませんでした。農研機構と北海道大学低温科学研究所は、大気-水田生態系結合モデルを開発し、将来のCO2環境下において生じるであろう、水稲の気孔応答を介した気温上昇の程度を見積もるシミュレーションを行いました。

研究の内容・意義

水田とその周辺の気温を見積もることができる大気-水田生態系結合モデルを開発しました。農研機構では、これまでに水稲の気孔の開き具合や蒸散を考慮して水稲の生育や水利用を見積もるための水田生態系モデル5)を開発してきました。本研究では、この水田生態系モデルに、北海道大学低温科学研究所が開発した局地循環モデルを結合させ、水田、畑地、市街地、森林など様々な土地利用が混在する数百キロメートル四方の地上面から、上空およそ1kmの大気層までの気象環境をシミュレーションすることで、水田の環境応答が周辺の気象環境に与える影響を見積もることができるようになりました。開発したモデルを用いて、現在の大気中のCO2濃度条件(400ppm)と、およそ半世紀後に起こりうるCO2濃度条件(800ppm)とで、それぞれの気温のシミュレーションを行いました(図1)。対象範囲はおよそ300km四方で、3km四方の範囲(以下、地点)毎に計算を行いました。また、算定された各地点の平均気温と地点内の土地利用分布から、それぞれの土地利用における気温を推定しました(例として水田と市街地の気温を図2に示します)。水田面積が減少した場合についても同様のシミュレーションを行い、土地利用の変化とCO2濃度の変化が気温に与える影響を比較し、以下の結果を得ました。
  • 現在のCO2濃度条件で、水田では、市街地と比べて日中の最高気温が2°Cほど低くなります。
  • 大気CO2濃度を倍増させた条件では、水稲の気孔開度が小さくなり、水田地帯を中心として広域的に日中の最高気温が上昇します (図1)。
  • 2の結果(図1)のうち、水田と市街地の両方が含まれる地点(3km四方)を抜き出して比較すると、大気CO2濃度が倍増し、水稲の気孔開度が小さくなると、水田の日中の最高温度が0.2~0.7°Cほど(平均で0.44°C)上昇し、市街地では日中の最高気温が最大で0.3°Cほど(すべての周辺地域の平均で0.07°C)上昇します(図2)。
  • 大気CO2濃度の倍増時に水稲の気孔開度が小さくなることによる地域全体の昇温は、現在の条件で水田面積がおよそ1割減少したときの昇温量とほぼ同等となります。

今後の予定・期待

本成果により、水田では市街地と比べて日中の気温が低く保たれているものの、大気中のCO2濃度が上昇すると、「水田の気象緩和効果」が低下し、水田地帯を中心とした広域の気温が上昇することが示されました。このことから、将来、大気中のCO2濃度が上昇すると、温室効果による高温化と相まって、夏季の高温によってお米の品質低下や、不稔などの障害リスクが増加する可能性が示唆されます。なお、高CO2条件下でも水田上の気温は市街地の気温よりも低く保たれるため、もしも水田の作付面積が減少すると、地域全体の平均的な気温は上昇すると考えられます。本成果では、水稲の気孔応答のみを考慮しましたが、CO2濃度増加により、森林など他の植生も変化すると考えられます。今後の研究では、地球全体での温暖化や他の植生の応答なども考慮し、将来の気候下における水田の気象緩和機能の影響をより詳細に調べる予定です。

用語の解説

水田および周辺地域の日中の気温上昇を緩和する効果(水田の気象緩和効果)
剥き出しのコンクリートやアスファルト、乾いた地面は、太陽や大気から受け取る熱エネルギーで温まり、その熱を大気に直接伝え、空気を温めますが、水田が太陽や大気から受け取るエネルギーの大部分は、水を気化させて蒸発散させるエネルギーとして使用されるため、空気を温める作用が小さく、日中の気温上昇を緩和させる効果があります。また、水田上に形成される低い気温は、風による輸送によって、周辺の土地利用上の空気を冷却します。この効果のことを水田の気象緩和効果と呼びます。 [ポイントへ戻る]
気孔のCO2応答
大気CO2濃度が上昇すると、気孔の開き具合(気孔開度)が小さくなり蒸散が減少するため、気化熱が減少します。気化熱が減少することで、作物体の温度が上昇するとともに、顕熱(けんねつ) (大気を温めるエネルギー)が増加します。[ポイントへ戻る]
蒸散・蒸発散
気孔を通した植物体内の水分(水蒸気)の大気への放出を蒸散とよび、田面水などからの蒸発と合わせて蒸発散と呼びます。[ポイントへ戻る]
気化冷却
水が蒸発する際に熱が消費されることで、蒸発面の温度が下がることを気化冷却 と呼びます。[概要へ戻る]
水田生態系モデル
農研機構では、これまでの研究成果により、水稲の生産と水利用を現在から将来に渡って見積もるための、水田生態系モデルを構築しました。[研究の内容・意義へ戻る]
(参照サイト)
https://www.naro.affrc.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2017/niaes17_s05.html

発表論文

Heat-Mitigation Effects of Irrigated Rice-Paddy Fields under Changing Atmospheric Carbon Dioxide based on a Coupled Atmosphere and Crop Energy-Balance Model. Boundary-Layer Meteorology, 2021 伊川浩樹、桑形恒男、小野圭介、丸山篤志、酒井英光、福岡峰彦、吉本真由美(農研機構 農業環境変動研究センター)、萩野谷成徳 (農研機構 農業環境変動研究センター、気象研究所)、石郷岡康史(農研機構 北海道農業研究センター)、石田祐宣(弘前大学 理工学研究科)、Charles P. Chen (Azusa Pacific University)、長谷川利拡(農研機構 東北農業研究センター)、渡辺力(北海道大学 低温科学研究所)
https://doi.org/10.1007/s10546-021-00604-6

参考図

図1. 大気CO2濃度が倍増した条件で、水稲の気孔開度が小さくなり、蒸散が減ることによる日中の最高気温の上昇量(現在のCO2濃度条件での日中最高気温との差)
利根川水系付近など、水田が多い地域(赤線囲み)で気温の上昇が顕著(緑色~黄色)です。
本研究では、大気CO2濃度の影響は水稲のみに反映させているため、水田以外の土地利用が多い地点では、日中の最高気温の変化は小さくなっています(濃い青色:微減~微増)。
図2. 高CO2 で水田の蒸散が減ることによる気温上昇の水田と市街地の比較
大気CO2濃度が倍増した条件で、水稲の気孔開度が小さくなり、蒸散が減ることによる、各地点の日中の最高気温の上昇量を、水田と市街地について0.05°C刻みの地点数で示しています。
図1のうち、各地点(3km四方)内に水田と市街地の両方が少しでも含まれる合計4790地点のデータに基づきます。