プレスリリース
(研究成果) 2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスは遺伝的に多様である

- 3グループ17遺伝子型に分類 様々な野鳥のウイルスに由来 -

情報公開日:2023年10月10日 (火曜日)

※修正(2024年1月31日):本文と図に誤りがあり情報を修正しました。詳細については正誤表【PDF:313KB】をご覧ください。

ポイント

農研機構は、2022年シーズン(2022年秋~2023年春)に国内の家きん飼養施設で発生した84事例の高病原性鳥インフルエンザ1)の原因ウイルスが3グループ17遺伝子型に分類され、うち14遺伝子型で様々な野鳥の鳥インフルエンザウイルスに由来する遺伝子があることを明らかにしました。17種類の遺伝子型のウイルス株はいずれも鶏に高い致死性を示す一方で、平均死亡日数は2日から6.2日と株により多様でした。2022年シーズンには多様なウイルスの出現や伝播に野鳥の関与が強く示唆されたことから、今後も発生動向を注視し、国内並びに農場へのウイルス侵入に警戒する必要があります。

概要

2022年10月28日から2023年4月7日までに、過去最多となる84事例の高病原性鳥インフルエンザが鶏やアヒルなどの家きん飼養施設で発生しました。まん延防止のために約1,771万羽の家きんが殺処分され、鶏卵の需給や価格高騰など国民の食生活にも影響を及ぼしました。

農研機構は、2022年シーズンに分離された83株のH5N1亜型2)及び1株のH5N2亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス3)について赤血球凝集素(HA)遺伝子分節4)の解析を行い、3つのグループに分類されることを明らかにしました。鳥インフルエンザウイルスは、カモ等野生水きん類の集団で感染を繰り返して維持され、渡りに伴い国内に侵入すると推察されています。2022年9月25日から2023年4月20日までに回収・採取された242事例の野鳥、野鳥糞便及び湖沼の水などの環境検体のうち、これまでに解析した155事例からも、家きん由来ウイルスと同じ3グループのH5亜型ウイルスが検出されました。

さらに、家きん発生事例のウイルスについて遺伝子型を解析すると17種類に分類されました。17種類の遺伝子型のうち、一部の遺伝子が国内外の様々な野鳥由来鳥インフルエンザウイルスに置き換わった遺伝子型が14種類認められたことから、これらのウイルスは野鳥の集団で感染を繰り返すことで、遺伝子再集合5)が起こり出現した可能性が示されました。

分類された17種類の遺伝子型の代表ウイルス株について、鶏の自然感染経路である経鼻接種で感染実験を行った結果、遺伝子型によって感染致死率や感染後死亡するまでの日数に差があることが明らかになりました。なお、2022年シーズン分離株の推定アミノ酸配列解析の結果、これらのウイルス株がヒトに直接感染して病気を起こす可能性や抗ウイルス薬の効果が低くなる可能性は低いと考えられました。

2022年シーズンに家きんから検出されたウイルスは、野鳥集団でのウイルス感染頻度が高まり、野鳥の間で遺伝子再集合が起こった結果、その遺伝子型が多様になった可能性が示唆されました。野鳥が多様なウイルスの出現、ウイルスの維持・伝播に大きな役割を果たし、世界的な感染が今も続いていることから、今後もより一層、農場へのウイルス侵入に対する警戒が必要です。

関連情報

予算 : 農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業」のうち、「新たな感染症の出現に対してレジリエントな畜産業を実現するための家畜感染症対策技術の開発」(JPJ23812859)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長内田 裕子
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長補佐宮澤 光太郎
同 人獣共通感染症研究領域 新興ウイルスグループ
高舘 佳弘・峯 淳貴・熊谷 飛鳥・西浦 颯
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室長吉岡 都

詳細情報

背景

家きん飼養施設でのH5亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)の感染が、2022年10月28日から2023年4月7日まで26道県84事例で確認されました。また、同期間には野鳥、野鳥糞便及び湖沼の水などの環境試料においても28道府県242事例でHPAIVが検出されています。これらの発生及び野鳥からの検出は、今までで最も早い時期となり事例数も最も多いものでした。発生要因となったウイルスの亜型は、H5N1亜型とH5N2亜型の2種類が確認されており、それぞれ83事例と1事例でした。2022年シーズン(2022年秋~2023年春。以下同じ。)の発生要因を探るための情報として、これらのウイルスについて全ゲノム解析によるウイルスの由来の推定及び鶏におけるウイルス感染動態を解析しました。

研究の内容・意義

  • HA遺伝子解析により2022年シーズンのウイルス株を3グループに分類
    2022年シーズンに家きん飼養施設から分離されたA型インフルエンザウイルスは、H5N1亜型及びH5N2亜型HPAIVであることが確認されました。今回、84事例全てのウイルスについて全ゲノムの解読を行い、赤血球凝集素タンパク質(HA)分節の遺伝子系統樹解析を実施すると、既報した3つのグループ;20E、21E及び21RC (現在の名称はそれぞれG2b、G2d及びG2c)に全て分類されました。(2023年2月9日プレスリリース、https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/157024.html)2022年9月25日から2023年4月20日までに回収・採取された野鳥、野鳥糞便及び環境検体242事例から分離されたウイルスのうち155事例から分離されたウイルスも同じ3グループに分類されました。1から4例目の野鳥及び野鳥糞便(9月25日から10月11日)並びに1から3事例の家きん(10月28日から11月1日)から分離されたウイルスで3グループが検出されたことから、当シーズン初期から3グループのH5亜型HPAIVが渡り鳥により国内に持ち込まれたことが示唆されました。
  • 全ゲノム解析より3グループを17種類の遺伝子型に分類
    84事例のウイルスについて、8本全ての遺伝子分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、M及びNS)の遺伝子系統樹解析を行い、遺伝子分節の組み合わせに基づき遺伝子型を決定しました。3つのHAグループの中で、G2bでは2種類(G2b-1及びG2b-3)、G2dでは4種類(G2d-0からG2d-3)、G2cでは11種類(G2c-1からG2c-11)の計17種類に分類されました(図1)。
    図1. 全ゲノム解析に基づく2022年シーズンH5亜型HPAIVの分類
    2022年シーズンの家きん由来HPAIVは、HA遺伝子の解析により20E(G2b)、21E(G2d)及び21RC(G2c)の3つのグループに分類され、さらにその中で遺伝子分節の組み合わせにより、それぞれ2種類、4種類及び11種類の遺伝子型に分類されました。その中で2021年シーズンに検出されたウイルスと8つの遺伝子分節の由来が全て一致する遺伝子型が、2種類ありました(図中赤枠)。
  • 様々な野鳥由来遺伝子との遺伝子再集合が明らかに
    17種類の遺伝子型の中で、一部の遺伝子分節が野鳥由来鳥インフルエンザウイルス(AIV)に置き換わっている遺伝子型が14種類認められました。2022年シーズンに最も多く検出された遺伝子型(G2c-8)は、2021及び2022年の韓国(カモ)、中国(ガチョウ)及びロシア(鶏)で報告されたH5亜型HPAIV由来の遺伝子分節と2018年中国(カモ)、2020年中国(野鳥)、2021年韓国(マガモ)及び2021年日本(野鳥)で分離されたAIVに近縁な遺伝子分節が遺伝子再集合していることがわかりました(図23)。
    図2. 鳥インフルエンザウイルスの遺伝子再集合
    図3. 最多発生したG2c-8遺伝子型のHPAIVにおける遺伝子分節の由来
    84事例中30事例の最多発生を引き起こしたG2c-8遺伝子型のウイルスでは、国内外のアジア諸国の野鳥で検出されたウイルス株に近縁な遺伝子分節が確認されました。
    これらのウイルスは、世界各地からシベリアの野鳥の繁殖地に渡り鳥とともにHPAIVが移動し、鳥インフルエンザの自然宿主である野生水きん類が持つAIVと共に感染して遺伝子再集合を起こして出現した可能性が示唆されました。
  • 遺伝子型によって病原性・伝播性が多様
    17種類の遺伝子型の代表ウイルス株について、これまでに鶏を感染・致死させた十分な量の106 EID506)のウイルスを鶏に経鼻接種したところ、2種類の遺伝子型G2b-3及びG2c-6では80%、その他15種類の遺伝子型では100%鶏は感染して死亡しました。なお、生存した20%の鶏に感染は確認されませんでした。ウイルス接種から死亡するまでの平均死亡日数は、各遺伝子型で多様であり、最短2.0日から最長6.2日とその差は4.2日でした(図4)。
    図4. 各遺伝子型代表ウイルス株の鶏への接種試験結果
    17種類の遺伝子型のウイルス株を接種した鶏の平均死亡日数は2日から6.2日と様々でした。
    一定期間に同地域で複数事例の発生が確認された遺伝子型であるG2b-1及びG2c-9を1羽の鶏に接種した場合、同居した6羽の非接種鶏への伝播性はそれぞれ50%及び83%でした。遺伝子型によって病原性や伝播性が様々であることが示されました。
  • ヒトに感染する可能性は低い
    ウイルスの推定アミノ酸配列には、4事例を除き、既存の代表的な抗ウイルス薬への耐性や哺乳類でのウイルス増殖に関連する変異は見つかりませんでした。エミュー2事例及び鶏2事例の4事例では、推定アミノ酸配列に哺乳類で増殖しやすくなる変異が認められましたが、それらの変異は過去に報告されたダチョウ類分離株や近年欧州で報告されたものと同じでした。その他の推定アミノ酸配列には変異が認められないことから、これらのウイルスがヒトに直接感染する可能性は低いと考えられました。
  • 2022年シーズンのウイルスの多様性
    以上のことから、当シーズンのH5N1亜型及びH5N2亜型ウイルスはHA遺伝子の由来から3種類のグループに分類され、さらに遺伝子型は17種類に分類されました。これらの遺伝子解析結果より、野鳥集団でのウイルス感染頻度が高まったことにより、野鳥の間で遺伝子再集合が起こり多様なウイルスが出現した可能性が示唆されました。17種類の遺伝子型代表ウイルス株の鶏への感染試験により、全ての遺伝子型は鶏に高い致死性を示しましたが、感染してから死亡するまでの期間やウイルスの病原性及び伝播性が遺伝子型によって様々であることが明らかになりました。

今後の予定・期待

今回明らかになったHPAIVの全ゲノム配列の解読・遺伝子解析及び鶏への病原性に関する情報を踏まえ、農研機構の所有する動物衛生高度研究施設7)において研究を実施し、越境性感染症であるHPAIVのウイルス学的性質に関する研究を迅速に推し進めることは、診断体制を含む国内のHPAI防疫体制の一層の強化につながると期待されます。

用語の解説

高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)
鶏に高い致死率を示すインフルエンザウイルス(高病原性鳥インフルエンザウイルス)によって引き起こされる鶏に高い致死率を示す家きんの疾病。家畜伝染病予防法により家畜伝染病に指定されている(https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/attach/pdf/index-49.pdf)。[ポイントへ戻る]
(A型インフルエンザウイルスの)亜型
インフルエンザウイルスの表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク質:HA、ノイラミニダーゼタンパク質:NA)の種類に基づくウイルスの分類型。HAにはH1からH18まで、NAにはN1からN11までの亜型が存在する。A型インフルエンザウイルスの種類はそれぞれの亜型を組み合わせて、H1N1、H3N2、H5N1等と記載する。[概要へ戻る]
高病原性鳥インフルエンザウイルス
国際獣疫事務局(WOAH)の規定による分離ウイルスの鶏への静脈内接種試験やHAタンパク質の開裂部位における連続した塩基性アミノ酸配列の存在によって判定される、鶏に高い致死率を示すA型インフルエンザウイルス。H5及びH7亜型の一部のウイルスが主。[概要へ戻る]
遺伝子分節
新型コロナウイルスなどではウイルスゲノムは一本につながっているが、インフルエンザウイルスではウイルスゲノムが複数の断片に分かれて存在する。このようなウイルスゲノムのそれぞれの断片を遺伝子分節という。[概要へ戻る]
遺伝子再集合
ある個体に2種類の鳥インフルエンザウイルスが感染し1つの細胞内でウイルスの増殖が起こると、2つのウイルスに由来する遺伝子分節が組み換えられて新たな遺伝子分節の組み合わせを持ったウイルスが出現することをいう。[概要へ戻る]
EID50(50% Egg Infectious dose)
50%鶏卵感染ウイルス量。鶏卵の50%を感染させるために必要なウイルス量。すなわち、1 EID50は、ウイルスを接種した発育鶏卵の半分を感染させる能力を有するウイルス量。[研究の内容・意義へ戻る]
動物衛生高度研究施設
HPAIVなどのBiosafety level 3(BSL-3)にあたる畜産上重要な感染症病原体を取り扱うことが認められた農研機構内の高度封じ込め実験施設。WOAH並びに世界保健機構(WHO)のラボラトリー・バイオセイフティー基準に適合した国内有数規模を誇るBSL-3施設。[今後の予定・期待へ戻る]