プレスリリース
(研究成果) 2023年10月北海道のカラスから検出されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴

情報公開日:2023年11月 1日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、今年10月4日に北海道美唄市で死亡したハシブトガラスから分離した高病原性鳥インフルエンザウイルス1)の全ゲノム解析を行いました。その結果、このウイルスは2021/2022シーズン(2021年秋~2022年春)及び2022/2023シーズン(2022年秋~2023年春)に日本で検出されたH5N1亜型2)高病原性鳥インフルエンザウイルスと同一の遺伝子型に分類されることを明らかにしました。2004年以降、国内で同じ遺伝子型が3シーズン連続して検出されたのは初めてです。既に国内の野鳥で高病原性鳥インフルエンザウイルスが確認されたことから、家きん飼養施設内にウイルスが侵入しないように一層警戒が必要です。

概要

環境省が都道府県と連携して実施している野鳥における高病原性鳥インフルエンザ3)サーベイランス(調査)において、2023年10月4日に北海道美唄市で死亡したハシブトガラス1羽が回収されました。簡易検査にてA型インフルエンザウイルス陽性反応が確認されたため、国立環境研究所で遺伝子検査を実施したところ、H5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスが検出されました(https://www.env.go.jp/press/111118_00102.html)。本件は、今シーズンの野鳥における高病原性鳥インフルエンザの国内1例目となります。

農研機構は、本事例の検体からウイルス分離を行って全ゲノム配列を解読しました。その8本の遺伝子分節4)について系統樹解析5)を行い、遺伝子分節の組合せに基づき遺伝子型を決定した結果、分離ウイルス株(北海道株)が2021/2022シーズン及び2022/2023シーズンに国内で検出された遺伝子型G2d-0(既報では21E-0)(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/160029.html)に分類されることを明らかにしました。2004年以降、国内で同じ遺伝子型のウイルスが3シーズン連続して確認されたのは初めてです。

なお、北海道株の推定アミノ酸配列には、抗ウイルス剤であるノイラミニダーゼ阻害剤及びRNAポリメラーゼ阻害剤に対する耐性変異や、哺乳類に対する感染性を増加させるような既知のアミノ酸変異は認められなかったため、ヒトへ感染する可能性が低いことが推定されます。

北海道美唄市には9月初めからカモ類などの渡り鳥が飛来しています(https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/bird_flu/migratory/ap_wr_transit/index.html)。今回、ウイルスが検出されたハシブトガラスは、腐肉食動物(雑食性で生き物の死骸も食べる動物)であることから、高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した死骸の摂食により感染した可能性が考えられました。国内の野鳥で高病原性鳥インフルエンザウイルスが確認されたことから、家きん飼養施設にウイルスが侵入しないよう、今後より一層の警戒が必要です。

関連情報

予算:農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(動物衛生対応プロジェクトのうち、新たな感染症の出現に対してレジリエントな畜産業を実現するための家畜感染症対策技術の開発)」(JPJ008617.23812859)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長内田 裕子
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長補佐宮澤 光太郎
同 人獣共通感染症研究領域 研究員峯 淳貴
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室長吉岡 都

詳細情報

背景

環境省が都道府県と実施している野鳥における高病原性鳥インフルエンザサーベイランス(調査)において、2023年10月4日に北海道美唄市で回収されたハシブトガラスの死亡個体から得られたA型インフルエンザウイルス陽性検体に関して、国立環境研究所が遺伝子検査を実施し、H5N1亜型HPAIVであることを確定しました(https://www.env.go.jp/press/111118_00102.html)。

我が国では2020/2021シーズンにH5N8亜型、2021/2022シーズンにH5N1亜型及びH5N8亜型、2022/2023シーズンにH5N1亜型及びH5N2亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)を原因として、3年連続して家きん飼養施設で高病原性鳥インフルエンザが発生しています。特に昨シーズンの発生は84事例とこれまでで最多で、野鳥における感染事例も242事例と過去最多でした。近年、オセアニアを除く全世界で高病原性鳥インフルエンザが流行しており、渡り鳥の移動時期にかかわらず、HPAIVが検出されています。環境省では2008年以降、野生希少鳥獣に影響を与える高病原性鳥インフルエンザの発生を迅速に把握することを目的とし、野鳥における高病原性鳥インフルエンザの監視活動を恒常的に行っています。農研機構は、国立環境研究所と連携し、野鳥から検出されたHPAIVの全ゲノム解析を北海道大学、京都産業大学、鳥取大学、鹿児島大学と協力して実施しています。

研究の内容・意義

  • 農研機構は当該野鳥由来HPAIVの詳細な解析を行うため、ハシブトガラスの検体からH5N1亜型HPAIV(北海道株)を分離し、北海道株の全ゲノム解析を実施しました。全ての遺伝子分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、MP及びNS遺伝子分節)の系統樹解析から、北海道株は「2021-2022年欧州HPAIV」グループの遺伝子型G2d-0に分類されました(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/160029.html)。この遺伝子型G2d-0は、2021/2022シーズン及び2022/2023シーズンにも国内で検出されており、本事例を含めると3シーズン連続の検出となりました ()。
  • 北海道株の推定アミノ酸配列には、抗ウイルス剤であるノイラミニダーゼ阻害剤及びウイルス RNA ポリメラーゼ阻害剤に対する耐性変異や、哺乳類に対する感染性を増加させるような既知の代表的なアミノ酸変異は認められませんでした。

今後の予定・期待

今回解読された遺伝子情報は、近日中に公共遺伝子データベースに公開されます。HPAIVの全ゲノム配列解読・遺伝子解析結果を速やかに明らかにすることで、国内のHPAIV遺伝子診断系の有用性確認や家きん感染時の病態を予測することができ、高病原性鳥インフルエンザ防疫体制の一層の強化につながると期待されます。

用語の解説

高病原性鳥インフルエンザウイルス(high pathogenicity avian influenza virus: HPAIV)
高病原性インフルエンザウイルスは、A型インフルエンザウイルスのうち家きんに致死的な急性全身性疾患を引き起こす。国際獣疫事務局(WOAH)の規定に従い、分離ウイルスの鶏への静脈内接種試験やHAタンパク質の開裂部位における連続した塩基性アミノ酸配列の存在によって判定される。H5及びH7亜型に分類される一部のウイルスが主。[ポイントへ戻る]
(A型インフルエンザウイルスの)亜型
インフルエンザウイルスの表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク質:HA、ノイラミニダーゼタンパク質:NA)の種類に基づくウイルスの分類型。HAにはH1からH18まで、NAにはN1からN11までの亜型が存在する。A型インフルエンザウイルスの種類はそれぞれの亜型を組み合わせて、H1N1、H3N2、H5N1等と記載する。[ポイントへ戻る]
高病原性鳥インフルエンザ(high pathogenicity avian influenza:HPAI)
鶏に高い致死率を示すインフルエンザウイルス(高病原性鳥インフルエンザウイルス)によって引き起こされる家きんの疾病。家畜伝染病予防法により家畜伝染病に指定されている(https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/attach/pdf/index-49.pdf)。[概要へ戻る]
遺伝子分節
新型コロナウイルスなどではウイルスゲノムは一本につながっているが、インフルエンザウイルスではウイルスゲノムが複数の断片に分かれて存在する。このようなウイルスゲノムのそれぞれの断片を遺伝子分節という。[概要へ戻る]
系統樹解析
生物の遺伝的関係を線でつなぐ形で示したもので、アミノ酸配列や核酸塩基配列をデータとして用いる。枝分かれをした樹木のような図が得られ、近縁な場合は近くの枝に示される。[概要へ戻る]

参考図

図 北海道美唄市のハシブトガラスから分離した高病原性鳥インフルエンザウイルスの遺伝子解析に基づく2021/22シーズン以降国内で分離されたウイルスとの比較
北海道株の8遺伝子分節の遺伝子解析を行った結果、2021/22シーズン及び2022/23シーズンに発生を引き起こしたG2d-0の高病原性鳥インフルエンザウイルスと同じ遺伝子型であることが判明しました。