プレスリリース
(研究成果) 牛呼吸器病の原因となるパスツレラ科細菌の薬剤耐性遺伝子を迅速・簡便に検出可能なキットを製品化

- 抗菌剤の早期選択と慎重使用に貢献 -

情報公開日:2024年8月20日 (火曜日)

農研機
タカラバイオ株式会社

ポイント

農研機構とタカラバイオ株式会社は、牛に呼吸器病を引き起こすパスツレラ科細菌3種を検出し識別できるキット及びこれらの菌種の薬剤耐性菌1)が共通に保有する6種類の薬剤耐性遺伝子を検出し識別できるキットを開発しました。これらはマルチプレックスリアルタイムPCR2)を用いた検査法で、2つのキットを同時に用いることで、従来法では4~5日程度を要していた原因菌の同定及び薬剤耐性の判定を最短1日で行うことができ、早期の抗菌剤3)の選定を可能とします。これらの検査キット(研究用)は、2024年8月21日にタカラバイオ株式会社から発売されます。

概要

牛の呼吸器病は、細菌やウイルスなどさまざまな病原体が複合的に関与する上部気道炎、肺炎などの疾病で、毎年40万件近くの発生があり、その対策は畜産における重要な課題のひとつとなっています。呼吸器病は細菌感染を伴う場合に重篤化・慢性化しやすく、治療対象となった肺炎の8割以上に細菌が関与していることから、治療には抗菌剤が幅広く用いられています。重篤化を防ぐためには原因菌に有効な抗菌剤を早期に投与することが重要ですが、有効薬剤の選択に必要な原因菌の分離・同定と薬剤感受性試験4)には最短でも4~5日の時間を要します。もし原因菌が薬剤耐性菌であり、その菌への効果が低い薬剤を初期治療に用いた場合、治癒が遅れるばかりでなく、薬剤耐性菌のまん延リスクを高めることにもなり、以降の衛生対策にも影響を及ぼす可能性があります。

農研機構とタカラバイオ株式会社は共同で、牛呼吸器病の主要な原因菌であるパスツレラ科細菌3菌種(Mannheimia haemolyticaPasteurella multocida、Histophilus somni)とこれらが共通に保有する6種類の薬剤耐性遺伝子を簡便・迅速かつ同時に検出及び識別できる検査法を開発しました(図1)。

本検査法により有効薬剤の選定にかかる作業負担と時間が軽減されることで、早期に有効な薬剤の選定が可能となり、呼吸器病の重篤化による損失の回避と薬剤耐性菌のまん延リスクの低減が期待できます。

本検査法に対応した2つの検査キット (研究用)は、2024年8月21日にタカラバイオ株式会社から発売されます。

図1従来法と新規法の比較

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(環境への抗菌剤・薬剤耐性菌の拡散量低減を目指したワンヘルス推進プロジェクト)」JPJ008617. 22682153

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 動物感染症研究領域 グループ長髙松 大輔
主任研究員星野尾 歌織
主任研究員上野 勇一
タカラバイオ株式会社 製品開発センター長松本 裕之
広報担当者 :
農研機構 動物衛生研究部門 疾病対策部
疫学情報専門役吉岡 都
タカラバイオ株式会社 広報・IR部

詳細情報

開発の社会的背景

牛の呼吸器病にはさまざまな種類の病原体が関与します。ストレス下におけるウイルスやマイコプラズマの感染に始まり、さらに細菌感染が重なる複合感染によって悪化することが多く、治療対象となった肺炎の8割以上に細菌が関与しています。このため、治療には抗菌剤が幅広く用いられています。治療が遅れて細菌感染による病状の重篤化・慢性化が進行すると、死亡による損失だけでなく、たとえ治癒してもその後の増体や肉質などの生産性に与える影響が大きいため、原因となっている細菌に有効な抗菌剤を早期に投与することが重要です。しかし、有効な薬剤の選定には原因菌の分離・同定とそれに続いて行う薬剤感受性試験が必須であり、これらの検査には最短でも4~5日の時間が必要とされます。そのため、実際の臨床現場では、獣医師が緊急性を要すると判断した場合には、このような検査の結果を待たず、畜主から聞き取った家畜の症状や、農場での過去の治療歴などを十分に考慮した上で、獣医師の経験に基づいて選択された薬剤が用いられているのが現状です。もし原因菌が薬剤耐性菌であり、その菌への効果が低い薬剤を初期治療に用いていた場合には、治癒が遅れ病状が重篤化・慢性化して生産性が低下するとともに、治療にかかるコストも増大します。また、薬剤耐性菌が生き残って農場に残存する可能性が高まり、以降の衛生対策に影響を及ぼすリスクもあるため、抗菌剤の慎重使用5)の観点からも望ましくありません。

このような背景から、呼吸器病の原因菌とその薬剤耐性を簡易・迅速に判断できる検査法の確立が求められていました。

研究の経緯

農研機構ではこれまで、牛呼吸器病の主要な原因菌であるパスツレラ科細菌3菌種について、国内分離株の薬剤耐性と薬剤耐性遺伝子の保有状況を広く調査してきました。その結果、3つの菌種に共通して保有されている6種の薬剤耐性遺伝子の有無と菌の薬剤耐性との間に強い関連があることを見出し、これらの耐性遺伝子を検出することで、薬剤耐性菌の存在を迅速に推定できると考えました。

また、農研機構とタカラバイオ株式会社は、これまでに家畜の重要疾病に対する簡便・迅速な遺伝子検査法を以下の通り共同で開発してきました。

(参考)農研機構プレスリリース

今回、これらの先行研究で培った技術と、国内分離株において蓄積してきたデータを活用することで、牛の呼吸器病原因菌の薬剤耐性に関する検査を簡便・迅速・省力化する手法の開発に取り組みました。

研究の内容・意義

  • 製品の特徴
    牛の細菌性呼吸器病の検査に活用できる2種類のマルチプレックスリアルタイムPCR法を開発し、キット化しました。ひとつは原因菌として重要なパスツレラ科の細菌3種を同時に検出し識別できるキット、もうひとつはこれらの菌種に共通する6種類の薬剤耐性遺伝子を同時に検出し識別できるキットです。いずれのリアルタイムPCRキットも、牛の呼吸器病検査で一般的に用いられる鼻腔スワブ検体及び分離培養した菌のコロニーから抽出・精製した核酸を用いることができます。鼻腔スワブ検体からの核酸の抽出及び精製6)は、本キットに最適化する形で開発された簡易抽出試薬と混合し95°Cで5分加熱することで、簡便かつ短時間で行うことが可能です。
  • パスツレラ科3菌種同時検出・識別キット
    パスツレラ科3菌種の検出リアルタイムPCRキットでは、3菌種にそれぞれ特異的な塩基配列に対するプライマーとプローブを使用しました。牛呼吸器病の主要な原因菌であるM. haemolyticaP. multocida、H. somniに特異的な3種類のシグナル(検査対象が含まれているときに検出できる信号)と、検査が適切に行われたこと(鼻腔スワブ検体の採取と核酸抽出が適切に行われ、PCR反応の阻害がないこと)を確認するためのシグナル(鼻腔スワブに含まれる牛の遺伝子から検出できる信号)の合計4種類のシグナルを同時に検出することが可能です(表1)。
    表1パスツレラ科3菌種検出キットで検出可能な細菌種と
    蛍光標識プローブの組み合わせ
  • 薬剤耐性遺伝子検出リアルタイムPCRキット
    薬剤耐性遺伝子の検出リアルタイムPCRキットは、6種類の耐性遺伝子に対するプライマーとプローブを3種類ずつ組み合わせた検出系(1)と検出系(2)の2つの試薬で構成されます。1検体に対して検出系(1)及び検出系(2)の各試薬をそれぞれ反応させることで、薬剤耐性遺伝子6種類のシグナル(検査対象が含まれているときに検出できる信号)と、検査が適切に行われたこと(鼻腔スワブ検体の採取と核酸抽出が適切に行われ、PCR反応の阻害がないこと)を確認するためのシグナル(鼻腔スワブに含まれる牛の遺伝子から検出できる信号)の合計7種類のシグナルを同時に検出することが可能です。6つの薬剤耐性遺伝子aphA1strAblaROB-1floRcatA3tetHは、それぞれカナマイシン、ストレプトマイシン、アンピシリン及びアモキシシリン、フロルフェニコール、チアンフェニコール、テトラサイクリン及びオキシテトラサイクリンに対する耐性に関与しています(表2)。
    表2薬剤耐性遺伝子検出キットで検出可能な薬剤耐性遺伝子と蛍光標識プローブの組み合わせ
    従来の検査では、鼻腔スワブ検体からの分離培養、コロニーを単離しての純培養、純培養菌を用いた菌種同定及び薬剤感受性試験にそれぞれ一晩以上の時間がかかるため、薬剤耐性菌の判定には検体採取から4~5日を要していました。本検査法では、パスツレラ科3菌種検出キットと薬剤耐性遺伝子検出キットの反応条件が同一であるため、鼻腔スワブ検体から簡易抽出試薬を用いて直接核酸抽出・精製を行うことにより、呼吸器病の原因となっている細菌とその薬剤耐性をその日のうちに推定することが可能です(図1)。また、培養後の菌コロニーを検体とした場合でも、鼻腔スワブ検体の採材から1~2日後には同様の推定が可能です。

今後の予定・期待

本キットを用いて呼吸器病の原因となる細菌の薬剤耐性を早期に推定することにより、抗菌剤の迅速な選定と利用が可能になることから、牛呼吸器病対策の改善が期待されます。また、抗菌剤の慎重使用につながることから、近年問題となっている薬剤耐性菌のまん延リスクの低減にも貢献します。

用語の解説

薬剤耐性菌
特定の種類の抗菌剤が効きにくい、または効かない性質を持つ細菌。他の菌から薬剤耐性遺伝子を得たり、その菌自身の遺伝子に突然変異が起こったりすることにより薬剤耐性を獲得します。近年、様々な薬剤耐性菌のまん延が世界中で問題となっており、抗菌剤治療が困難な感染症の増加が懸念されています。[ポイントへ戻る]
マルチプレックスリアルタイムPCR
増幅したい遺伝子(標的遺伝子)をはさむように一組の短いDNA鎖(プライマー)を設計し、これを起点にして耐熱性のDNA合成酵素を反復して作用させることにより標的遺伝子を合成、増幅する方法をPCR(polymerase chain reaction)法といいます。このうち、特に標的遺伝子の増幅過程を専用の検出機器でリアルタイムに検出し、解析するPCR法をリアルタイムPCR法と呼びます。通常のPCR法と異なり、反応後に電気泳動7)を行って標的遺伝子の増幅の有無を確認する必要がないため、検査時間を大幅に短縮できます。また、検出方法として、様々な色の蛍光標識を付加したプローブと呼ばれる短い核酸を組み合わせることで、複数の標的遺伝子を同時に識別しながら検出することが可能となります。このような検出方法をマルチプレックスリアルタイムPCR法と呼びます。[ポイントへ戻る]
抗菌剤
細菌の増殖を抑制したり殺したりする作用がある薬剤のこと。細菌による感染症の治療に用いられます。[ポイントへ戻る]
薬剤感受性試験
抗菌剤に対する細菌の感受性の程度を調べる検査。感染症治療に有効な抗菌剤の選定に用いられます。微量液体希釈法(薬剤を含む液体培地における菌の発育の有無を見る)、ディスク拡散法(菌液を塗布した寒天培地上に薬剤をしみこませた濾紙ディスクを置いて培養し、ディスク周辺の菌の発育の有無を見る)など、様々な検査法がありますが、いずれも薬剤下での菌の培養を必要とすることから、最低2日間かかります。[概要へ戻る]
抗菌剤の慎重使用
抗菌剤を使用すべきかどうかを十分に検討した上で、抗菌剤の「適正使用」により最大の治療効果を上げつつ薬剤耐性菌の選択を最小限に抑えるように使用する、国際的に推奨されている考え方です。[開発の社会的背景へ戻る]
核酸の抽出及び精製
検査対象となる検体(ウイルスや細菌、宿主の細胞などを含む)から核酸(DNAまたはRNA)を抽出し、不純物を取り除くための前処理工程。一般的に、臨床材料にはPCR反応を阻害する成分が含まれるため、不純物を除去して核酸を精製する工程が必要です。[研究の内容・意義へ戻る]
電気泳動
核酸(DNA/RNA)を分子サイズにより分離して検出する分析方法のひとつです。アガロース等の高分子量のゲルに試料を添加して緩衝液中で電流を流すと、試料中の核酸は電荷と分子量に応じてゲル内を移動するため、移動度の違いを利用して解析ができます。[用語の解説2)へ戻る]