プレスリリース
(研究成果) アカカワイノシシ由来の新しい細胞株を樹立

- アフリカ豚熱ウイルスの謎に迫る新しい解析ツール -

情報公開日:2024年11月19日 (火曜日)

ポイント

アカカワイノシシは現在世界の養豚業で問題になっているアフリカ豚熱ウイルスに感染しても発症しないという特徴があります。農研機構は、横浜市立よこはま動物園の協力を受けて、アフリカ豚熱ウイルスに感染していないアカカワイノシシの血液から免疫細胞の一種であるマクロファージを単離し、長期間増え続ける細胞株を樹立しました。この細胞株は、未だ多くの謎に包まれているアフリカ豚熱ウイルスの病原性の解明に利用できるだけでなく、アフリカ豚熱に対するワクチンの開発にも役立つと期待されます。

概要

アフリカに生息するアカカワイノシシは、自然界においてアフリカ豚熱(ASF)ウイルス1)と共生している野生動物(自然宿主)として注目されています。ASFウイルスは、豚やイノシシに感染すると、免疫細胞の一種であるマクロファージ2)の中で増殖し、感染した豚は発熱や出血といった病状を示して極めて高い確率で死に至ります。一方、アカカワイノシシは、豚と同じイノシシ科の動物種であるにもかかわらずASFウイルスに感染しても症状や病変を示すことがなく、死に至ることもありません。そのため、アカカワイノシシのマクロファージにはASFウイルスに対する防御機構が備わっていると考えられます。

ASFウイルスの研究には、生体外に取り出して培養した豚のマクロファージが利用されていますが、豚マクロファージを生体外で増やすことは難しいことから、農研機構では、世界に先駆けて生体外で安定的に増え続ける豚マクロファージ由来のIPKM細胞株3)を樹立し、細胞入手の効率化を図ったことで、ASFウイルスの研究が大きく進展しました。

今回農研機構は、ASFウイルス研究をさらに加速するために、横浜市立よこはま動物園の協力により、ASFウイルスに感染していないアカカワイノシシの健康診断時の貴重な余剰血液の提供を受けて、その血液からマクロファージを分離し、生体外で増え続ける能力を付与した新しい細胞株(RZJ/IBM細胞株)の樹立に成功しました。さらに、豚由来のIPKM細胞株ではASFウイルスが効率よく増殖するのとは対照的に、RZJ/IBM細胞株ではASFウイルスが感染しても増殖が抑えられることを実験的に確認しました。これらの細胞株のASFウイルスの感染に対する反応の違いを詳細に比較解析することで、「ASFウイルスに感染したアカカワイノシシは、なぜ症状を示さないのか」その謎に迫れるものと考えています。また、ASFウイルスに感染したアカカワイノシシが症状を示さない理由が明らかになれば、ASFのワクチン開発や感染対策技術の開発にもつながることが期待されます(図1)。

図1 アカカワイノシシマクロファージ由来の細胞株を用いたアフリカ豚熱ウイルス研究の展望

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(官民・国際連携によるASFワクチン開発の加速化)」JPJ008617.20319736
特許 : 特願2024-026764

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 所長立石 剣
研究担当者 :
同 生物素材開発研究領域 グループ長竹之内 敬人
農研機構 動物衛生研究部門 越境性感染症研究領域 グループ長補佐舛甚 賢太郎
主席研究員國保 健浩
広報担当者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 研究推進室遠藤 真咲

詳細情報

開発の社会的背景

アフリカ豚熱(ASF)は、ASFウイルスが豚やイノシシに感染することによって発熱や出血性病変を呈する極めて致死率の高いウイルス性の伝染病です。現在世界的に流行が拡大し、養豚業に多大な被害をもたらしています。幸いにも日本国内での発生は確認されておらず、海外からの侵入リスクに対して徹底した防疫体制が敷かれています。ASFに対する有効な予防法や治療法は未だ確立されていないため、有効性と安全性に優れたワクチンの開発が喫緊の課題です。

ASFウイルスは、宿主の免疫細胞の一種であるマクロファージに侵入して増殖することが知られています。農研機構では、世界に先駆けて、豚マクロファージに対し生体外で増え続ける能力を付与(不死化)する技術を開発し、安定的に培養できるIPKM細胞株を樹立しました。IPKM細胞株を利用することで、効率的な研究材料の入手が可能となり、ASFウイルスの研究やASFに対するワクチンの開発が大きく進展しています。

研究の経緯

アフリカ大陸に生息する野生動物であるアカカワイノシシは、ASFウイルスの自然宿主として知られていますが、感染してもウイルスの増殖が抑えられ、発病に至りません。このように、アカカワイノシシはASFに対する強い抵抗力を持ち、特にウイルス増殖の場であるマクロファージにはASFウイルスに対する防御機構が備わっていると考えられます。そのため、アカカワイノシシのマクロファージは、ASFウイルス特有の起源や生態、病原性の研究を推進するための新しい研究材料になると期待されます。

農研機構は、横浜市立よこはま動物園の協力により、ASFウイルスに感染していないアカカワイノシシの健康診断時の余剰血液を入手する機会に恵まれました。限られた量の貴重な血液に、農研機構で開発した豚の血液から効率的にマクロファージを分離する技術、豚マクロファージを不死化する技術を応用し、アカカワイノシシ由来のマクロファージ細胞株の作製を試みました。

研究の内容・意義

概要 : アカカワイノシシの血液から回収したマクロファージを不死化し、新しくRZJ/IBM(Red river hog, ZOORASIA, Japan/Immortalized Blood-derived Macrophage) 細胞株を開発しました(図2)。

具体的な研究内容 :

  • アカカワイノシシの血液からマクロファージを分離
    健康診断で採取した貴重なアカカワイノシシの血液からマクロファージを増やし、次いで培養皿への接着特性を利用してマクロファージを選択的に回収しました。
  • アカカワイノシシ由来マクロファージの不死化
    アカカワイノシシ由来のマクロファージにいくつかの遺伝子を導入して不死化しました。遺伝子が導入された細胞は少なくとも50回以上分裂が可能でした(図2左)。この細胞をRZJ/IBM細胞株と名付けました。
  • RZJ/IBM細胞株の特徴
    RZJ/IBM細胞株はマクロファージに特徴的なアメーバ様の形態を示し(図2右)、炎症反応や死菌に対する食作用など、マクロファージとしての機能を有することが確認されました。また遺伝子解析の結果から、アカカワイノシシ由来の細胞であることも確かめられました。
    図2 アカカワイノシシマクロファージ細胞株 (RZJ/IBM)の増殖能と形態
    RZJ/IBM細胞株は、長期間継続的に増殖(細胞分裂)することができ(左グラフ)、マクロファージに特徴的なアメーバ様の形態を示します(右写真)。
  • IPKM細胞株とRZJ/IBM細胞株でのASFウイルスの増殖の比較
    ASFウイルスは、IPKM細胞株に感染し効率よく増殖しますが、RZJ/IBM細胞株では感染しても増殖の効率が悪いことがわかりました(図3)。
    図3 IPKM細胞株とRZJ/IBM細胞株でのASFウイルスの増殖
    4種類のASFウイルスの接種後、IPKM細胞株では時間とともに効率よくウイルス量が増えますが(△)、RZJ/IBM細胞株ではウイルス増殖が抑えられています(●)。

今後の予定・期待

IPKM細胞株とRZJ/IBM細胞株のASFウイルス感染に対する応答性の違いを詳細に比較解析することで、「ASFウイルスに感染した豚は発症するのに、なぜアカカワイノシシは発症しないのか」という謎に迫っていく予定です。本研究で得られる知見はASFのワクチン開発や感染対策技術の確立に役立つことが期待されます。

用語の解説

アフリカ豚熱(ASF)ウイルス
アフリカ豚熱の原因ウイルスで、アスファウイルス科アスフィウイルス属に分類される唯一のウイルスです。ウイルスとしては例外的に巨大で、長大なゲノムにコードされる多種類のタンパク質から構成される複雑な粒子構造を持ちます。[概要に戻る]
マクロファージ
白血球の一種で、生体防御の最前線で重要な役割を持つ免疫細胞です。体内に侵入した異物や病原体を除去する役割を持ちます。[概要に戻る]
IPKM細胞株
農研機構で開発した、豚の腎臓由来マクロファージを不死化することで樹立した細胞株です。[概要に戻る]

参考 : https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/138839.html

発表論文

Takato Takenouchi, Kentaro Masujin, Rina Ikeda, Seiki Haraguchi, Shunichi Suzuki, Hirohide Uenishi, Eiji Onda, and Takehiro Kokuho. (2024) Front. Immunol. 15:1465952.
DOI: 10.3389/fimmu.2024.1465952
2024/09/11公開