ポイント
アカカワイノシシは現在世界の養豚業で問題になっているアフリカ豚熱ウイルスに感染しても発症しないという特徴があります。農研機構は、横浜市立よこはま動物園の協力を受けて、アフリカ豚熱ウイルスに感染していないアカカワイノシシの血液から免疫細胞の一種であるマクロファージを単離し、長期間増え続ける細胞株を樹立しました。この細胞株は、未だ多くの謎に包まれているアフリカ豚熱ウイルスの病原性の解明に利用できるだけでなく、アフリカ豚熱に対するワクチンの開発にも役立つと期待されます。
概要
アフリカに生息するアカカワイノシシは、自然界においてアフリカ豚熱(ASF)ウイルス1)と共生している野生動物(自然宿主)として注目されています。ASFウイルスは、豚やイノシシに感染すると、免疫細胞の一種であるマクロファージ2)の中で増殖し、感染した豚は発熱や出血といった病状を示して極めて高い確率で死に至ります。一方、アカカワイノシシは、豚と同じイノシシ科の動物種であるにもかかわらずASFウイルスに感染しても症状や病変を示すことがなく、死に至ることもありません。そのため、アカカワイノシシのマクロファージにはASFウイルスに対する防御機構が備わっていると考えられます。
ASFウイルスの研究には、生体外に取り出して培養した豚のマクロファージが利用されていますが、豚マクロファージを生体外で増やすことは難しいことから、農研機構では、世界に先駆けて生体外で安定的に増え続ける豚マクロファージ由来のIPKM細胞株3)を樹立し、細胞入手の効率化を図ったことで、ASFウイルスの研究が大きく進展しました。
今回農研機構は、ASFウイルス研究をさらに加速するために、横浜市立よこはま動物園の協力により、ASFウイルスに感染していないアカカワイノシシの健康診断時の貴重な余剰血液の提供を受けて、その血液からマクロファージを分離し、生体外で増え続ける能力を付与した新しい細胞株(RZJ/IBM細胞株)の樹立に成功しました。さらに、豚由来のIPKM細胞株ではASFウイルスが効率よく増殖するのとは対照的に、RZJ/IBM細胞株ではASFウイルスが感染しても増殖が抑えられることを実験的に確認しました。これらの細胞株のASFウイルスの感染に対する反応の違いを詳細に比較解析することで、「ASFウイルスに感染したアカカワイノシシは、なぜ症状を示さないのか」その謎に迫れるものと考えています。また、ASFウイルスに感染したアカカワイノシシが症状を示さない理由が明らかになれば、ASFのワクチン開発や感染対策技術の開発にもつながることが期待されます(図1)。
関連情報
予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(官民・国際連携によるASFワクチン開発の加速化)」JPJ008617.20319736
特許 : 特願2024-026764