開発の社会的背景
近年、健康志向の高まり、夏季の酷暑や高温の長期化、消費者ニーズに対応した商品開発などを背景に、麦茶の市場規模は拡大しており、麦茶飲料の生産量は2013年からの10年間で3倍以上に増加しました(全国麦茶工業協同組合、麦茶をめぐる状況 2025年12月)。
麦茶用大麦の国内年間需要量も約8.3万トンに増加していますが、国産の使用率は2025年産では約2.9万トンで4割以下にとどまっています。一方で、近年の国産麦茶用大麦は輸入麦と比べて価格が安く、麦茶の色づきや風味が優れることから麦茶焙煎会社等(実需者)の評価が高く、消費者の国産志向や輸入大麦価格の高騰も影響して需要が急速に高まっており、実需者の8割以上が国産大麦の大幅な使用拡大を望んでいます(農林水産省、国産麦をめぐる事情について 2025年1月)。国産麦茶用大麦の購入希望数量は2025年産では約4.5万トンに対し、供給量は約2.9万トンにとどまり、供給が大幅に不足している状況となっており、国産麦茶用大麦の増産が強く求められています(全国麦茶工業協同組合、麦茶をめぐる状況 2025年12月)。
研究の経緯
「カシマムギ」(1967年育成)は、かつて麦茶用の主力品種でしたが、麦茶原料として実需者評価が高い一方で、土壌伝染性のウイルス病害であるオオムギ縞萎縮病1)に非常に弱く、また、成熟期以降の収穫前に稈が折れ2)やすいため、減収となることが課題となっていました。このため、同じく実需者評価が高く、「カシマムギ」よりもオオムギ縞萎縮病に強く、稈が折れにくい大麦品種として「カシマゴール」が2010年に育成されました。「カシマゴール」の普及により、オオムギ縞萎縮病による被害は低減しました。「カシマゴール」は、麦茶用大麦の基幹品種として、「カシマムギ」に代わり、茨城県を中心に愛知県や岐阜県などでも栽培され、作付面積を拡大してきました。しかし近年、「カシマゴール」が抵抗性を持たない、同じく土壌伝染性病害のオオムギ萎縮病3)の被害が、主産地の茨城県内の複数の生産地で顕在化しています。同病害が発生したほ場では収量が半減する場合もあるなど、安定生産が困難になる状況も見られています。さらに、「カシマゴール」は、倒伏しやすく、整粒歩合が低いといった問題も抱えています。「カシマゴール」の生産量は、ピーク時の2015年産では茨城県で4,445t、全国では4,631tに達していましたが、オオムギ萎縮病などの被害が顕在化したことにより、作付面積と単収が減少し、2025年産では、茨城県で2,169t、全国でも2,903tまで大きく減少しました。
こうした背景から、オオムギ萎縮病およびオオムギ縞萎縮病の両病害に抵抗性を備え、「カシマゴール」と同等の麦茶加工適性を有し、「カシマゴール」よりも倒伏や稈の折れが少なく、整粒歩合にも優れる多収品種の育成が、生産者と実需者の双方から望まれていました。そこで、農研機構では、これらの特徴を兼ね備えた麦茶用大麦の新品種「カシマホープ」を育成しました。
新品種「カシマホープ」の特徴
【来歴】
「カシマホープ」(旧系統名:関東皮106号)は、多収で麦茶加工適性が優れる「カシマゴール」に、オオムギ萎縮病およびオオムギ縞萎縮病に強く、倒伏しにくく、整粒歩合に優れる「関系b564」を交配し、さらに「カシマゴール」を戻し交配した組合せから育成された品種です。
【特徴】
- 「カシマホープ」は、オオムギ縞萎縮病に対して抵抗性を有し、I・II・III型のいずれのウイルス系統でも発病しません。さらに、オオムギ萎縮病にも抵抗性を示します。(表1、図1)
- オオムギ萎縮病およびオオムギ縞萎縮病が発生するほ場では、両病害に強い「カシマホープ」は、両病害に弱い「カシマムギ」や、オオムギ萎縮病に弱い「カシマゴール」と比べて稈長が長く、整粒歩合と整粒重が高くなります(表2)。
- オオムギ萎縮病およびオオムギ縞萎縮病が発生しないほ場では、「カシマホープ」の整粒重は「カシマゴール」と同程度ですが、整粒歩合は高いです。「カシマゴール」には、穂数過多で倒伏しやすい欠点がありましたが、「カシマホープ」の穂数は「カシマゴール」よりやや少なく、倒伏しにくい特性を有します。(表1、表3、図2、図3)
- 「カシマホープ」は、「カシマゴール」および「カシマムギ」と同様に、六条性4)、皮性5)、渦性6)の大麦です。(図4)
- 「カシマホープ」の麦茶の加工適性および品質特性は、「カシマゴール」および「カシマムギ」と同等です。(表4)
【その他の基本情報・栽培上の留意点】
分げつ期の葉色が淡いため、葉色を指標として追肥の時期および量を決定する際には、施肥量が過剰とならないよう留意してください。詳しい栽培方法については以下をご参照ください。
農研機構HP【技術紹介パンフレット:「カシマホープ」栽培マニュアル】
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/176016.html
品種の名前の由来
これまでの麦茶用の主力品種である「カシマゴール」や「カシマムギ」を連想させる"カシマ"と、これらに代わる"ホープ"(希望)の新品種となることを期待して「カシマホープ」と名付けました。
今後の予定・期待
茨城県では、「カシマゴール」に代わる麦茶用品種として、「カシマホープ」を2026年4月から奨励品種に採用しました。2027年秋からは県内で一般栽培が開始され、生産物は麦茶原料として使用される見込みです。
「カシマゴール」の茨城県内の作付面積は、2025年産で約844ha、生産量は約2,169tですが、生産のピークであった2015年産には作付面積は約1,272ha、生産量は約4,445tに達していました(生産量:農林水産省、麦類の農産物検査 2015年産および2025年産、作付面積:茨城県)。今後、病害に強い「カシマホープ」により、大きく減少した茨城県の麦茶用大麦生産を再興すると共に、関東東海地域の平坦地で現行麦茶用品種から「カシマホープ」への置き換えを進めることで、病害に左右されない国産麦茶用大麦の安定生産と供給に貢献します。
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用語の解説
- オオムギ縞萎縮病
- オオムギ縞萎縮ウイルスによって発病する土壌伝染性病害で、2~3月頃に葉に黄白色の斑点が現れ、次第にかすり状となります。株は萎縮し、激発するとほとんど収穫できなくなります。土壌中の病原ウイルスを媒介する菌が大麦の根に寄生することで感染します。病原ウイルスに汚染された土壌では病原性が長期間維持されるため防除が困難で、抵抗性品種の作付けが重要です。現在、日本では病原性の異なるI~V型の5つのウイルス系統が確認されており、このうちI~III型が主に問題となっています。[研究の経緯へ戻る]
- 稈の折れ
- 稈(かん)(麦では茎のことを稈と呼びます)が中間部分で折れる現象で、稈折損(かんせっそん)とも呼称されます。主に成熟期以降に発生し、発生が著しい場合には、コンバインによる収穫が難しくなるほか、収穫ロスが増加します。品種間差があり、「カシマムギ」は発生しやすい品種です。[研究の経緯へ戻る]
- オオムギ萎縮病
- ムギ類萎縮ウイルスによって発病する土壌伝染性病害で、3月頃に、オオムギ縞萎縮病とよく似た黄白色の斑点が葉に現れ、かすり状となります。オオムギ縞萎縮ウイルスと同様に、土壌中の媒介菌が大麦の根に寄生することで感染し、薬剤による防除が困難です。オオムギ縞萎縮病のように株が枯死するほどにはなりませんが、激発すると稈長が短くなって減収します。[研究の経緯へ戻る]
- 六条
- 大麦は、穂の形態によって六条大麦と二条大麦に区分されます。穂を上から見て6粒ずつ着粒しているものが六条大麦、2粒ずつ着粒しているものが二条大麦です。[新品種「カシマホープ」の特徴へ戻る]
- 皮性
- 大麦には、穀皮が穀粒に密着しており脱穀しても穀皮が剥がれない「皮麦」と、脱穀すると穀皮が容易に外れる「裸麦(はだか麦)」があります。[新品種「カシマホープ」の特徴へ戻る]
- 渦性
- 大麦には、稈の長さや穂が短くなる半矮性遺伝子(uzu)があり、この遺伝子を持つ大麦を「渦性」、持たない大麦を「並性」と呼びます。渦性の六条皮性大麦は小粒で粒揃いが良く、特に麦茶加工に適するとされており、「カシマゴール」、「カシマムギ」、「すずかぜ」等の渦性品種が麦茶用として作付されています。[新品種「カシマホープ」の特徴へ戻る]
参考図
表1 「カシマホープ」の病害抵抗性・障害耐性
注 1) 2016~2023年度の特性検定および、2019~2023年度の育成地(農研機構作物研究部門)の茨城県つくば市における畑ほ場でのドリル播き標肥栽培試験による判定。
2) 病害抵抗性および耐倒伏性は極強~極弱の7階級で、稈の折れやすさは極難~極易の7階級で評価。
表2 オオムギ萎縮病およびオオムギ縞萎縮病が発生するほ場における「カシマホープ」の生育・収量特性
注 1) 育成地の茨城県つくばみらい市の水田ほ場における、条播標肥栽培の2021~2023年度の平均値。
2) 整粒は、ふるい目2.2mmのふるい上に残った粒を指す。整粒歩合は、ふるい前の麦の重さに対する整粒の重さの割合。整粒重は10a当たりの整粒の重さ。
表3 オオムギ萎縮病およびオオムギ縞萎縮病が発生しないほ場における「カシマホープ」の生育・収量特性
注 1) 育成地の茨城県つくば市における、畑ほ場のドリル播標肥栽培の2019~2023年度の平均値。
2) 調査方法等は表2と同じ。
表4 「カシマホープ」の麦茶品質特性
注 1) 育成地の茨城県つくば市の畑ほ場における、ドリル播多肥栽培の2019~2022年度の平均値。
2) 焙煎時間、焙煎温度等の加工適性、麦茶粒の形状や外観等は、同程度であった。
3) L*はL*a*b*表色系における明るさを示す数値で、この数値が低いほど麦茶粒や麦茶粉の色づきが強くて優れること、数値が高いほど色づきが弱くて劣ることを示す。
4) 麦茶液の水色は波長440nmにおける吸光度で、数値が高いほど色が濃くて優れること、数値が低いほど色が淡くて劣ることを示す。
図2 「カシマホープ」の株
左:カシマホープ、中:カシマゴール、右:カシマムギ
図3 成熟期数日後の稈の折れやすさの差異
図4 「カシマホープ」の穂(上)と粒(下)
左:カシマホープ、中:カシマゴール、右:カシマムギ