新品種開発の社会的背景と経緯
ブドウの果皮色は緑色、黒色、赤色に大別され、現在、市場で流通する主要なブドウは、果皮が緑色の「シャインマスカット」、黒色の「巨峰」と「ピオーネ」が大きな割合を占めています。中でも最近は、皮ごと食べられる「シャインマスカット」が好評を得ていることから、ブドウの需要をさらに拡大するためには、「シャインマスカット」とは果皮色などの外観が異なり、皮ごと食べられる食味も良好な新品種の開発が求められています。
そこで、農研機構は果皮が赤色で、皮ごと食べられる、食味良好な新品種「サニーハート」を育成しました(写真1)。
新品種「サニーハート」の特徴
- 高品質なブドウ品種の開発を目的として、食味が良好でかみ切りやすい果肉をもつ育成系統「626-84」に「シャインマスカット」を交雑し、得られた実生の中から選抜しました。2003年に交雑し、選抜を重ねて、2025年3月に品種登録されました。
- 樹勢は、赤色品種の中で普及している「安芸クイーン」より強く、育成地における開花期は「巨峰」と同時期です(表1)。収穫期は8月下旬から9月上旬で「安芸クイーン」や「巨峰」より遅くなります。ジベレリン処理後の果粒重は11g程度で、「安芸クイーン」より小さいです。果粒の外観は、果皮が「安芸クイーン」より濃厚に着色する赤~紫赤色で、果粒側面から果頂部にかけて生じるくぼみがあるため、ハート型を連想させる特徴的な果形をしています。裂果の発生は少ないです。
- 果皮に渋味がなく、皮ごと食べられます。果汁糖度は約20%と「安芸クイーン」や「巨峰」より高く、酸含量は約0.4g/100mlと低く、また、果肉はやや硬めでかみ切りやすいため、食味が良好です。マスカット香が混じるフローラルな香りを有し、従来の品種とは異なる独自の風味を持ちます。
- 満開~満開3日後と満開10~15日後に、花(果)房にジベレリン処理をすることで、種なし果の生産も可能です。
- 慣行防除下において、問題となる病虫害の発生事例はありません。
<その他基本情報・問題点>
- 全国の生食用ブドウ栽培地帯で栽培可能です。東北北部では凍害が発生することがあります。
- 着果および着粒過多により、着色ムラ等が発生する場合があります。適切な着房および着粒制限を行い、果房重を500g程度に抑えることが望ましいです。
- 花振るい4)が少なく、多くの果蕾が残る(着粒密度が高い)ので「安芸クイーン」や「巨峰」より摘粒5)に労力を要します。
- モザイク萎縮葉症6)に類似した症状が発生することがありますが、果実品質や収量への大きな影響は確認されていません。
表1 「サニーハート」の育成地(広島県東広島市)における特性 (2020-2022年)
品種の名前の由来
「サニーハート」という名前は、果皮が太陽を想起させる赤色で、果粒の形がハートを連想させることから名付けられました。
今後の予定・期待
「サニーハート」は全国のブドウ栽培地帯で栽培可能であり、主要品種とは外観と食味が異なり、皮ごと食べられる品種として全国的な普及が期待されます。「サニーハート」は「シャインマスカット」、「巨峰」とは異なる色、形、香りを持ち、新たな需要を喚起できるほか、皮ごと食べられるブドウ品種の新たな選択肢として「シャインマスカット」とのセット販売も考えられます。
利用許諾契約に関するお問い合わせ(種苗会社等向け)
用語の解説
- ジベレリン処理
- ブドウにおいて、種なし化、果粒肥大等を目的に行われる植物ホルモン(ジベレリン)剤の処理です。「サニーハート」におけるジベレリン処理は、「巨峰」と同じく2回行います。満開時~満開3日後の1回目処理は種なし化のため、満開10~15日後の2回目処理は果粒を肥大させるために行います。
[ポイントへ戻る]
- 種なし
- ブドウにはもともと種子がない品種もありますが、そのような品種の多くは果粒が小さいため、日本での商業生産には向いていません。「巨峰」、「ピオーネ」等はもともと種子がある品種ですが、ジベレリン処理することによって大粒・種なし果実として生産されています。「サニーハート」も、ジベレリン処理によって大粒・種なし果実を生産できます。
[ポイントへ戻る]
- マスカット香、フォクシー香
- ブドウが有する最も代表的な香りの種類です。前者を有する代表的な品種は「シャインマスカット」、後者は「巨峰」、「ピオーネ」です。「サニーハート」が有する香りは大別するとマスカット香に属しますが、「シャインマスカット」とは異なります。
[概要へ戻る]
- 花振るい
- ブドウにおいて、開花から2週間程度の間に、花(果)蕾が脱落する現象です。脱落のしやすさは樹の栄養状態や品種によって異なり、「サニーハート」は「巨峰」よりも脱落し難い品種です。
[その他基本情報・問題点へ戻る]
- 摘粒
- 店頭に並ぶブドウは形の良い房の形をしていますが、放任状態での栽培ではこのような房になりません。開花後に所定の果粒数に調整するとともに房の形を乱す果粒を取り除く「摘粒」作業を行うことが必要です。摘粒は、鋏等を用いてひと房ずつ実施するため、ブドウ生産者にとっては労力と手間のかかる作業です。「サニーハート」は花振るいの程度が少なく、多くの果蕾が残るので「安芸クイーン」や「巨峰」より労力が必要になります。
[その他基本情報・問題点へ戻る]
- モザイク萎縮葉症
- 葉が萎縮して小型化し、モザイク状に葉色が褪せる症状で、これまでのところ果実品質や収量等への明らかな影響は認められていません。気温が25°C付近の温度帯で発生しやすいため、発生時期は限られます。
[その他基本情報・問題点へ戻る]
発表論文
ブドウ新品種 'サニーハート' 齋藤ら(2024)園学研、23別2:315
研究担当者の声
果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域
領域長補佐齋藤 寿広
「サニーハート」は、今までのブドウとは食味、外観ともに異なる特長ある品種です。
果実が市場に流通するのは数年先ですが、ぜひ一度ご賞味ください。