開発の社会的背景
農林水産省は、持続可能な農業と安定した食料の供給を目指して、2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定しました。この戦略では、化学農薬や化学肥料の使用量削減と有機農業の取組面積の拡大を目標に掲げています。さらに、農林水産業・食品産業の「海外から稼ぐ力」を強化するため、「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」を定め、茶の関係では、海外で人気の高い抹茶13)や有機栽培茶の輸出を強化することとしています。
茶は、国ごとに農薬の残留基準値が異なります。特に英国やEUでは、日本で用いられる主要な化学合成殺菌剤について、基準値が0.01~0.1ppm(検出限界値)と日本より低く設定されているため、これらの国向けに輸出用として茶を栽培する場合、実質的に化学合成殺菌剤を使用することができません。加えて、日本の主要な輸出先である欧米では、サステナビリティに配慮した有機栽培茶の需要が高まっています。
一方、日本の茶園面積の約70%を占める「やぶきた」は、長年日本の茶業を支えてきた品種ですが、炭疽病や輪斑病といった主要な病気に弱く、安定した生産には化学合成殺菌剤が欠かせません。加えて、欧米では渋味を好まない傾向があるため、茶の国際競争力を高め、持続可能な茶業を実現するためには、病気に強く、収量が多く、渋味の少ない新しい品種の開発が求められます。
研究の経緯
このような情勢を受け、農研機構は海外で需要が高い抹茶(およびその原料となるてん茶)や粉末茶の製造に適した輸出向け品種の開発に取り組みました。
2000年に現在の農研機構枕崎茶業研究拠点において、寒さ・輪斑病に強く葉の緑色が濃い「さきみどり」を母親に、渋味が少なくうま味の強い「さえみどり」を父親として交配し、その後、得られた248の個体の中から製茶品質に優れるものを選抜しました。この個体を挿し木により増殖して栽培試験により特性を調査した結果、「やぶきた」と同じ時期(中生)に摘採でき、収量が多く、製茶品質が優れ、炭疽病に強いことがわかりました。
その後、系統名「野茶研02号」として、全国10ヶ所の公設試験場(埼玉県、静岡県、三重県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、大分県、宮崎県、鹿児島県)において栽培試験が行われ、「やぶきた」が栽培可能な地域であれば導入可能であること、さらに炭疽病および輪斑病に強く、化学合成殺菌剤の使用量削減が期待できることが確認されました。また、色や香味に関する加工試験を行った結果、渋味が少ない高品質な煎茶・かぶせ茶・粉末茶・てん茶を安定して生産できることが明らかになりました。
これらの結果を踏まえ、野茶研02号は2023年に「りんめい」という名称で品種登録出願され、2025年8月21日に品種登録されました。
新品種「りんめい」の特徴
- 「りんめい」(写真1、2)は主要品種「やぶきた」とほぼ同時期(「やぶきた」より1日早い程度)に摘採できる中生品種です。化学合成殺菌剤を使用せずに栽培した場合、一番茶から三番茶まで、「やぶきた」や早生の代表品種である「さえみどり」より収量が多く、製茶品質が優れます(表1)。
- 「りんめい」の病害抵抗性は、炭疽病には「やや強」、輪斑病には「強」であることから、化学合成殺菌剤の使用量を大幅に減らした栽培、および有機栽培への対応が可能です。赤焼病14)には「中」程度の強さで、もち病15)には「やや弱」であるため、発生が多い地域では防除が必要ですが、この場合、有機栽培でも使用できる銅水和剤により防除が可能です(表2)。
- 「りんめい」の耐寒性は、赤枯れ16)には「やぶきた」と同程度で「やや強」、裂傷型凍害17)には「強い」ため、「やぶきた」が栽培されている茶産地であれば導入できます(表2)。
- 新芽の緑色が濃くなる被覆栽培を「りんめい」に行うと、SPAD値18)(葉に含まれる葉緑素量の指標)や粉末茶の色相角度19)(色合いを表す指標)は被覆栽培に適した品種「おくみどり」や「やぶきた」よりも優れます。収量と製茶品質も「おくみどり」や「やぶきた」より優れます(表3)。
- 被覆栽培した「りんめい」で製造したかぶせ茶は、全窒素20)および遊離アミノ酸21)の含量が「やぶきた」より多く、さらに渋味の原因となるタンニンの含量は「おくみどり」より少ないことが特徴です。これらの点が、かぶせ茶の品質が高い理由の一つと考えられます(表4)。
- てん茶(抹茶)の品質を評価する上で重要な緑色の濃さと鮮やかさに着目すると、「りんめい」のかぶせ茶は「やぶきた」に比べて緑色が濃く、かつ鮮やかな特徴があります(写真3、4)。また、「りんめい」の簡易てん茶の製茶品質および色合いは、「やぶきた」よりも優れ、てん茶への加工適性の高い「せいめい」と同等であり、「りんめい」がてん茶および抹茶への加工にも適した品種であることを示しています(表5)。
- 「せいめい」は、炭疽病・輪斑病・赤焼病・もち病に対して抵抗性を有する、やや早生の緑茶用品種です。一方、「りんめい」は「せいめい」よりも摘採時期が遅く、摘採作業時期が重ならないため、両品種を併せて産地へ導入することが可能です。
- 「かなえまる」は、炭疽病・輪斑病・もち病・クワシロカイガラムシ22)に対して抵抗性を有する中生の緑茶用品種であり、形が重視される煎茶や玉露、かぶせ茶の加工適性に優れます。一方「りんめい」は、高品質な煎茶やかぶせ茶に加えて、深蒸し茶、粉末茶、てん茶への加工適性に優れています。病害虫の発生状況や製造する茶種に応じて、両品種を使い分けることができます。
写真1.「りんめい」の一番茶期の園相
(定植8年目)
写真2.「りんめい」の一番茶期の新芽
(定植8年目)
写真3.一番茶期に17日間被覆栽培して製造した「りんめい」と「やぶきた」の粉末茶の色沢
写真4.一番茶期に17日間被覆栽培して製造した「りんめい」と「やぶきた」の粉末茶の水色
品種の名前の由来
バランスのとれた樹姿と一番茶新芽の姿が凛としている様から、「凛」にお茶を表す「茗」を組み合わせて「りんめい」(凛茗)と命名されました。
今後の予定・期待
「りんめい」は、日本で広く栽培されている「やぶきた」と同時期(中生)に摘採でき、寒さにも強いため、「やぶきた」が栽培されている全国の茶産地へ導入できます。炭疽病や輪斑病に強いため、化学合成殺菌剤の使用量を減らすことができるのも大きな特徴です。さらに、被覆栽培をして「かぶせ茶」にした場合も収量が多く、製茶品質は被覆栽培に向いている「おくみどり」よりも優れています。これにより、安定して高品質なかぶせ茶を作ることができます。「りんめい」を導入することで、化学合成殺菌剤を減らした茶づくりや有機栽培が推進され、輸出拡大にもつながると期待されます。
原種苗入手先に関するお問い合わせ
2026年5月末頃から、原種苗(穂木)の提供が可能となる予定です。
農研機構ホームページの[お問い合わせ](https://www.naro.go.jp/inquiry/index.html)より、専用フォームにてお問い合わせください。
利用許諾契約に関するお問い合わせ
営利目的での増殖・譲渡・栽培には、育成者権に基づく利用許諾が必要です。
利用許諾については、下記のメールフォームでお問い合わせください。
なお、品種の利用については以下もご参照ください。
また、「りんめい」を含む農研機構が育成した育成者権が存続している品種については、種苗の海外持ち出しは禁止されています。
用語の解説
- 残留基準値
- 農産物中に残留することが許される農薬の最大濃度のことで、ppmあるいはmg/kgで表します。国や地域によって値は異なります。
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- サステナビリティ
- 持続可能性を意味する言葉です。環境・社会・経済のバランスを保ちながら、将来にわたって続けられる仕組みや活動のことを意味します。
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- 炭疽病
- 茶樹に発生する代表的な病害の一つで、全国の茶園で広く見られます。病原菌が主に新葉の裏側の毛の部分から侵入して感染し、感染葉の褐色化や落葉により茶の品質や樹勢に悪影響を及ぼします。「やぶきた」、「おくみどり」、「さやまかおり」などは炭疽病に弱く、これらの品種の慣行栽培では化学合成殺菌剤による防除が主体となっています。
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- 輪斑病
- 茶樹に発生する代表的な病害の一つで、全国の茶園で広く見られます。病原菌が葉の傷口から侵入して感染し、葉に同心円状の褐色輪斑が現れ、樹勢や翌年以降の生育に悪影響を及ぼします。特に「やぶきた」に発生しやすい傾向があります。
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- 荒茶
- 産地の製茶工場で生葉(製茶原料となる摘採した新芽および葉)を加工した一次加工品。荒茶のままでは市販されず、仕上げ加工(選別、火入れ、ブレンド)を経た仕上げ茶として販売されます。
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- 製茶品質
- 官能審査により評価される茶の品質のことです。形状(茶の大きさ、均一性など)、色沢(茶の色合い、鮮やかさなど)、香気(茶を熱湯に浸漬した際に発揚する香り)、水色(浸出液の色合い)、滋味(浸出液を口に含んだ時に感じる味のバランス)により構成されます。
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- 被覆栽培
- 新芽の摘採前に寒冷紗や藁などの資材を用いて茶樹を覆い、日照を70%から95%程度遮光して栽培する方法で、主にてん茶やかぶせ茶の製造に用いられます。被覆栽培により緑色の色素である葉緑素の含量が新芽の中で増加し、緑色がより濃く鮮やかになります。さらに、新芽のアミノ酸の含量が増加し、タンニンの含量が低下するため、茶はうま味が増し、渋みが軽減されます。
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- 深蒸し茶
- 煎茶の製造において、標準的な蒸熱時間以上に茶葉を長時間(60秒から120秒程度)蒸して製造した茶。
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- かぶせ茶
- 被覆栽培した茶の新芽を摘採し、煎茶の製造方法により製茶した茶のことを言います。
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- 粉末茶
- 茶を微細な粉末状に加工したもの。抹茶とは区別する。ティーバッグに利用したり、そのままで飲用したりするほか、加工食品や健康食品の原料にもなる。
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- てん茶
- 被覆栽培した茶の新芽を摘採し、蒸して揉まずに乾燥させた茶のことで、薄くて平たい形をしています。てん茶を石臼などで挽くことで抹茶になります。
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- タンニン
- 植物が合成するポリフェノールの一種で、タンパク質と強く結合する性質があります。タンニンが唾液の中のタンパク質と結合して沈殿することで唾液の潤滑性が低下し、結果として口腔粘膜が乾いたように感じられ、渋みとして知覚されます。
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- 抹茶
- てん茶を石臼などで挽いて微粉にしたものです。煎茶や番茶など、てん茶以外の茶を粉砕したものは粉末茶と呼ばれ、抹茶とは区別されます。
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- 赤焼病
- 茶樹に発生する重要病害の一つで、晩秋から早春(11月~4月)にかけて多く、特に寒波や霜害、強風雨の後に発生することがあります。病原細菌は傷口から侵入して感染し、葉脈に沿って暗褐色の病斑を生じ、激しい落葉や樹勢の低下を引き起こすことがあります。
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- もち病
- 茶樹に発生する重要病害の一つで、二番茶や秋芽の生育期に多湿条件が続くと発生しやすく、山間地や風通しの悪い茶園で発生する傾向があります。病原菌が新葉や新梢に感染すると、葉の裏側に白色のもちの様な病斑が形成され、多発すると荒茶品質の低下を引き起こすことがあります。
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- 赤枯れ
- 冬季の低温により茶樹が凍結し、葉や新芽が赤く変色して枯れる寒害の一種です。被害が大きい場合、翌春の萌芽や収量に悪影響を及ぼします。
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- 裂傷型凍害
- 冬季の低温により茶樹の地際部(幹の根本付近)に縦方向の裂傷が生じる寒害の一種です。幼木期では裂傷部から枯死することもあります。
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- SPAD値
- 植物の葉を葉緑素計で測定した値で、葉緑素含量を示す指標です。数値は一般に0~80程度で表示され、値が高いほど葉緑素量が多く、葉の緑色が濃いことを示します。
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- 色相角度
- 色相角度(h)とは、色の違いを表現する色空間であるCIE L*a*b*色空間において a*軸(赤−緑)とb*軸(黄−青)から算出される角度を指します。色の方向性や色味の傾向を表す指標として用いられ、色相角度が1°異なるだけでも肉眼で色合いの違いを識別することが可能です。茶の分野では、茶葉や茶製品の色を数値化する際に用いられ、一般に角度が大きいほど緑色が強く、色合いが優れていると評価されます。抹茶や粉末茶の原料としては、色相角度の高いものが好まれます。
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- 全窒素
- 茶に含まれる可溶性、不溶性のすべての窒素成分を指します。品質が高い茶で含量が多い傾向があります。
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- 遊離アミノ酸
- 遊離状態(他の物質と結合しない)で茶葉中に存在するアミノ酸を指します。茶のうま味(甘味をともなううま味)はテアニン、グルタミン酸、アスパラギン酸等の遊離アミノ酸により生じます。品質の高い茶で含量が多い傾向があります。
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- クワシロカイガラムシ
- 茶樹の幹や枝に寄生し、樹液を吸汁する害虫の一種です。発生密度が低い段階では 被害はほとんど目立ちませんが、雄まゆがかたまって白く見えるほど多発すると、新芽の伸長不良や葉の黄化・落葉が起こり、枝枯れや樹勢低下を引き起こすことがあります。
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