プレスリリース
(研究成果) 潮の満ち引きを利用して地層の水の通りやすさを推定

- 離島の貴重な地下水の利用可能量の把握を簡単に -

情報公開日:2017年8月 4日 (金曜日)

ポイント

  • 自然の潮汐の大きな力による地下水位の変動を利用して、地層中の水の通りやすさを表す「透水係数1)」を推定する方法を開発しました。
  • 開発した本方法では、潮の満ち引きが伝わる距離の地層の透水係数を1組2地点の地下水位データだけで推定でき、広い範囲の地層の調査を少ない観測地点で行うことが可能です。
  • 本法の利用により、農業用を含む地下水資源の利用可能量の検討が効率的に行えます。

概要

  1. 南西諸島や太平洋諸島などの離島では、石灰岩などの水を通しやすい地層で構成された土地が多く、河川が形成されないため地下水が重要な水資源です。このような地域では生活用水の水源にも地下水を利用していることが多く、また主な産業である農業の維持・発展のためにも地下水の適正な利用が必要です。最近では海面上昇の影響を受けて海水が内陸の地下に浸入し、地下水資源が減少する可能性も指摘されています。このため、地下水資源の適正利用のための対策や技術の必要性が高まっています。
  2. 農研機構農村工学研究部門は、離島の沿岸地域において地下水位が海岸の潮位変動の伝播によって周期的に変動することを利用して、地下水位の連続観測データから、地層の水の通りやすさを表す「透水係数」を簡単に推定する方法を開発しました。透水係数は地下に浸入している海水と淡水の混合や地層中で地下水が流れる速さに影響し、井戸内に海水を引き込まない適切な汲み上げ量の検討のためにも必要な指標です。
  3. これまで、透水係数の推定には、試験用井戸にポンプを設置して地下水を地上まで汲み上げ、地下水の水位がどれくらい低下したのかを分析する「揚水試験2)」を用いるのが一般的でした。しかし、揚水試験で広範囲を調査するには多数の地点で試験を行う必要があり、特に離島地域では試験用井戸の設置や大容量ポンプなどの資機材の輸送、作業人員や技術者の確保などのための費用が高額となり難しい場合がありました。
  4. 今回開発した方法は、海岸に近い地点と遠い地点の2箇所に市販の自動観測機器を設置して地下水位を40日間観測したデータを用い、地点間の地層の平均的な透水係数を推定するものです。一般的な表計算ソフトで簡単に透水係数を計算できます。
  5. 広範囲の地層の性質の調査にかかるコストを削減でき、離島地域で新たに井戸を配置して地域全体の地下水利用を増やそうとする際や、逆に地下水資源が枯渇しないようにその利用量を少なく調整しようとする際などに、適正な利用量の検討に役立ちます。

関連情報

運営費交付金、農林水産省委託プロジェクト「農林水産分野における気候変動対応のための研究開発」、JSPS科研費JP26660194

背景

石灰岩などの水を通しやすい地層や岩石でできた土地が多い南西諸島や太平洋諸島などの離島では、豊富な河川水が存在しないため、地下水が貴重な水資源となっています。特に、主要な産業である農業において極めて重要な資源と位置づけられています。一方近年では、地球温暖化に伴う海面上昇によって内陸へ海水浸入が進み、利用可能な淡水の地下水資源を減少させる可能性があると言われています。このため、ひとつの地域全体で適切な井戸の配置や深さ、汲み上げ量などの計画を定めるなど、地下水資源の持続的な利用を図っていく必要があります。
広範囲に及ぶ地下水資源の適切な利用計画の決定のためには、地下水の流れの量や速さを推定することが重要になるため、地層の透水係数を把握する地質調査を実施します。一般的に透水係数を調べる方法として、ポンプで地下水をくみ上げて水位低下の速さと大きさを分析する揚水試験があります。1箇所の揚水試験で透水係数を測定できる範囲は、地層の水の通りやすさにもよりますが、最大で直径200m程度です。例えば1km四方の地層をすきまなく調べるには20箇所以上での試験が必要で、試験用井戸の設置などの費用も含めると1箇所当り少なくみて数十万円、20箇所以上であれば1000万円を超えてしまいます。
そこで農研機構では、地下水の水位が潮の満ち引きに応じて変動することに着目し、低コストでかつ簡便に広範囲の地層の透水係数を推定する方法の開発に取り組みました。

研究の内容・意義

<方法>

  1. 地下水位が海岸の潮位変動の伝播によって周期的に変動することを利用して、地下水位の連続観測データから、地層の水の通りやすさを表す透水係数を推定します(図1)。
  2. 地下水位の時間変化を、観測機器(電池とメモリを内蔵した自動記録式圧力センサー、長さ20cm前後)を海岸近くとやや内陸の2地点の観測孔に設置し、1時間間隔で同時に一定期間(40日間以上)連続して観測します(図1①)。
  3. 各地点の地下水位の観測データを計算式に当てはめて透水係数を計算します(図1②)。
  4. 得られた透水係数をもとに、地下水資源の状況を予測するモデルを作成し、井戸の適切な配置や汲み上げ量などを調べることができます(図1③)。

<特長>

  1. 地下水位が観測できる井戸または観測孔と、市販の観測機器(数万円程度)があれば利用できます。
  2. 一般的な表計算ソフトに計算式を入力すれば、観測データから簡単に透水係数を計算できます。農研機構が作成した計算シートも提供可能です。
  3. 広範囲の地下水位に影響を与える潮汐の大きな力を利用することで、数百m以上の範囲の地層の透水係数を調べることができます。観測機器が挿入できる直径3cmから5cm程度の細い観測孔があればよいため、大きな試験用井戸を新たに設置する必要がありません。使われなくなった既存の井戸も利用可能です。
  4. 沖縄県の離島に今回開発した方法を適用した結果、島内の位置により透水係数が2~3倍異なることが推定されました。この離島の地層中では淡水の下に浸入している海水が少しずつ淡水に混合し、透水係数が大きいところほど淡水の厚さが薄くなります。このような地層の性質や淡水分布の不均質性は地下水解析モデルの作成に反映され、海水を引き込まずに地下水を汲み上げるための井戸の配置や深さ、汲み上げ量の検討に利用できます。

今後の予定・期待

本技術が活用されることで、離島地域の地下水が長期的に適切に利用され、農業の振興と地域の発展につながることが期待されます。

用語の解説

1)透水係数
地層などの空隙がある物体についてその水の通しやすさを表す定数。数値が大きいほど水を通しやすい。m/秒などの速さと同じ単位で表される。

2)揚水試験
地下水に関係する地層の性質(透水係数など)を現地で調べる方法のひとつ。井戸にポンプを設置して一定の時間当り水量で地下水をくみ上げ、その時の井戸内および井戸周辺の地下水位が下がる速さと大きさを記録して分析することで、透水係数等の性質を推定する。

発表論文

白旗ら(2014):地下水位の潮汐応答の分析による淡水レンズ帯水層の水理定数推定手法、農村工学研究所技報、215:141-154
Shirahata et al. (2016): Digital filters to eliminate or separate tidal components in groundwater observation time-series data、JARQ、 50(3): 241-252
Shirahata et al. (2017): Improvements in a simple harmonic analysis of groundwater time series based on error analysis on simulated data of specified lengths、Paddy and Water Environment、 15(1): 19-36

参考図

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お問い合わせなど

研究推進責任者
農研機構農村工学研究部門 部門長 山本德司

研究担当者
農研機構農村工学研究部門 地域資源工学研究領域 主任研究員 白旗克志

広報担当者
農研機構農村工学研究部門 広報プランナー 遠藤和子
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