プレスリリース
ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システム

- 寒冷地での水質浄化の長期性能を実証 -

情報公開日:2016年10月 5日 (水曜日)

ポイント

  • 「ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システム」は従来方式の人工湿地での凍結や目詰まりの問題を解消し、寒冷地でも適用できます。
  • 5~10年間の長期運用試験で、安定した浄化機能を実証しました。
  • 運転費用は機械的汚水処理法の約1/20、設置面積は従来型伏流式人工湿地の1/2~1/5、低コストでコンパクトな水質浄化システムを実現しました。
  • 2016年8月現在までに、国内外の酪農、養豚、養鶏、食品工場、国立公園施設など23カ所に導入しました。

概要

  1. 農研機構が民間企業などとともに開発した「ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システム(1)」は、寒冷地においても5~10年間にわたり安定して水質浄化できることを現地実証により明らかにしました。
  2. 酪農施設、養豚場、養鶏場などの排水基準(有機物や窒素、リン、大腸菌など)をクリアーしています。
  3. 運転費用 (ポンプの電気代など) は、一般的な機械的汚水処理法(2)の運転費用 (電気・薬品代など) に比べて1/20程度、設置面積が従来の伏流式人工湿地の1/2~1/5程度でした。
  4. 北海道や東北、海外はベトナムを中心として、23か所で現地導入され (2016年8月現在) 、酪農施設、養豚場、養鶏場、チーズ工場、家庭生活、ペットボトル再生工場からの排水のほか、国立公園来園者施設の2次処理水(近隣の農地からの排水を含む)などで活用されています。

関連情報

予算:
運営費交付金 (2009~2015年度) 、農林水産省実用技術開発事業「伏流式ヨシ濾床人工湿地による超高濃度排水の再生循環技術の開発」 (2009~2012年度) 、文部科学省科学研究費補助金 (基盤B) 「ハイブリッド伏流式人工湿地による窒素除去率向上のためのANAMMOX反応の活用 (2014~2016年度) 、科学技術振興機構JST復興促進プログラムA-step「有機汚濁高度処理型人工湿地の設計基準作成と修景的植栽植物種の検討」 (2012年10月~2013年9月)
特許:
特許第4877546号「伏流式人工湿地システム」
論文:
  1. Kato, K., Inoue, T., Ietsugu, H., Sasaki, H., Harada, J., Kitagawa, K. and Sharma, P.K. (2013) Design and performance of hybrid constructed wetland systems for high-content wastewater treatment in the cold climate of Hokkaido, northern Japan. Water Science and Technology, 68(7), 1468-1476.
  2. Harada, J., Inoue T., Kato K., Uraie N. and Sakuragi H. (2015) Performance evaluation of hybrid treatment wetland for six years of operation in cold climate. Environmental Science and Pollution Research, 22(17), 12861-12869.
  3. Zhang X., Inoue T., Kato K., Harada J., Izumoto H., Wu D., Sakuragi H., Ietsugu H. and Sugawara Y. (2016) Performance of hybrid subsurface constructed wetland system for piggery wastewater treatment. Water Science and Technology, 73(1), 13-20.
  4. 辻 盛生・加藤邦彦・菊池福道・佐々木理史 (2015) 鶏舎洗卵所排水に適用した間欠鉛直流式人工湿地の開始3年間の浄化効果.水環境学会誌,38(5),149-157.

詳細情報

研究の背景と経緯

酪農施設、養豚場、養鶏場などから排出される汚水は、生活排水と比較して有機物の濃度が高く、そのまま放流すると地下水や河川の汚濁源となるため適切な処理が必要です。しかし、従来の機械的汚水処理法では運転や導入のコストが高いことがネックでした。

海外では1970年代以降に、ヨシなどを植栽した砂利や砂の層 (ろ床) で汚水をろ過して自然浄化力を活用する伏流式人工湿地(1)が、実用的で、低コストに浄化できることから、主に生活排水処理向けに広く普及しています。しかし、従来の伏流式人工湿地は、寒冷地で高濃度の有機性汚水である畜産排水を処理する場合には、凍結や目詰まりを起こしてしまう欠点がありました。

そこで、農研機構は (株) たすくや北海道大学、道立総合研究機構などと協力して、安全バイパスや人工軽石 (スーパーソル) の働きによって有機物による目詰まりや冬期の凍結などの問題を解消して、寒冷地でも高濃度有機性排水を処理できるろ過システムを開発しました。しかし、開発したろ過システムの冬期も含めた長期間の浄化性能については未検証でした。 今回、農研機構が開発したろ過システムについて、農研機構、北海道大学、 (株) たすく、岩手県立大学が共同で、寒冷地における5~10年間の長期間の現地実証試験を実施しました。その結果、冬期も含めて長期に浄化性能を維持できることを明らかにしました。

研究の内容・意義

  1. ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システムの特徴

    本ろ過システムの浄化方法(3)は、ろ床の上から汚水を散布して、ろ過することにより水を浄化するものです。汚水を間欠的に供給する自動サイフォン(4)、安全バイパス(5)や人工軽石 (スーパーソル) (6)の表面敷設などの目詰まりや凍結を回避する独自の工夫、好気・嫌気の多段型ろ床を組み合わせたハイブリッド構造の採用などにより、面積当たりの浄化効率を高めています (写真1図1) 。

  2. システムの季節・経年安定性

    北海道や東北地域で搾乳関連施設、養豚スラリー (糞と尿が混合して排出) 及び養鶏場洗卵施設の排水を浄化するために導入された4か所の実規模の伏流式人工湿地ろ過システム (表1) において、5~10年間の長期にわたり、原水から最終処理水までの処理水量と処理水質についてモニタリング調査を実施しました。その結果、有機物や全窒素、全リンなどの浄化率は経年的に安定していることを確認しました (図2) 。また、有機物 (BOD:生物化学的酸素要求量など) 、懸濁物質 (SS) 、全窒素、全リン、大腸菌の全てについて、夏期 (5~10月) と冬期 (11~4月) の浄化率に大きな差がないことが明らかになりました (図3) 。

  3. 費用と設置面積及び導入実績

    一般的な機械的汚水処理法に比べて、導入費用は3/4程度、運転費用 (ポンプの電気代など) は1/20程度で低コストです (図4) 。また、目詰まりを解消する独自技術により、設置面積は従来の伏流式人工湿地に比べて1/2~1/5程度とコンパクトです。これは、ふん尿を肥料として使う場合に必要な耕地面積(例えば、搾乳牛1頭あたり0.5~1ha)の1/300程度の面積があれば設置できることに相当します。 北海道15か所、東北4か所、関東1か所、近畿1か所、ベトナム2か所 (合計23か所) に導入されています (2016年8月現在) 。酪農施設、養豚場、養鶏場、チーズ工場、家庭生活、ペットボトル再生工場からの排水、国立公園の来園者施設2次処理水 (近隣の農地からの排水を含む) のほか、家畜ふん尿のメタン発酵施設 (バイオガスプラント) における発酵液 (発酵利用後に排出される液体) などを浄化処理しています。

今後の予定・期待

家畜ふん尿などの有機性汚水を活用したメタン発酵バイオガス発電施設からの余剰消化液の処理や、ふん尿を固液分離して固体を堆肥として活用し残った液体を浄化する技術への応用が期待されます。

今年度中に、長期間の性能評価も含めた「ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システムによる有機排水処理技術マニュアル」を農研機構のホームページで公開する予定です。

用語の解説

  1. 人工湿地によるろ過システム

    水質浄化用の人工湿地には、表面流式、伏流式の2タイプがあります。表面流式は、田んぼのような湛水した浅い池を使った浄化方式です。伏流式は砂利や砂の層を通して汚水をろ過する方式で、表面流式に比べると、冬季も浄化機能が持続する特長があります。伏流式の人工湿地は1970年代以降にヨーロッパで実用化が進み、主に生活排水の処理向けに世界中に普及が進んでいます。 伏流式人工湿地には、鉛直方向にろ過する好気的 (酸化的) な鉛直流と、浅い地下水として水平方法にろ過する嫌気的 (還元的) な水平流があります。鉛直流と水平流を組み合わせたものをハイブリッド伏流式人工湿地システムといい、窒素を浄化する能力が優れています。

  2. 機械的汚水処理法

    機械的汚水処理法には、膜分離法、凝集沈殿法、オゾン処理法などの物理・化学的な手法及び活性汚泥処理法、メタン発酵法などの生物的な手法があります。機械的処理法は人工湿地ろ過システムに比べてコストが大きく、管理が複雑になる傾向がありますが、比較的狭い面積で汚水を浄化できるという利点があります。

  3. ろ過システムの水質浄化方法

    ろ過システムによる汚水の浄化は、物理的なろ過、化学的な吸着、生物的な分解の組み合わせで進みます。冬には物理化学的なろ過や吸着により、有機物はシステムに蓄積します。夏にはろ過作用に加えて、生物的な働きが活発になって有機物が分解されます。物理的なろ過が基本であり、ろ床の中はほとんど空気で満たされているので、大雨があっても水をろ床の隙間に溜めることができるので、希釈されて処理水質が良好に保たれます。また、ヨシなど植物による吸収の効果は小さいので、浄化機能維持のために植物を刈り取る必要はありません。

  4. 自動サイフォン

    サイフォンとは、隙間のない管を利用して、液体をある地点から目的地まで、その途中で出発地点より高い地点を通って、重力の力で導く仕組みです。自動サイフォンは、サイフォンの動作を自動化したものです。人工湿地ろ過システムで用いられる自動サイフォンは、大量の汚水を間欠的に供給することにより、ろ床の隅々まで水を行き渡らせて、広い面積を有効に使う重要な役割を担っています。

  5. 安全バイパス

    有機性汚水を鉛直流ろ床でろ過すると表層に有機物が溜まり膜を作って目詰まりします。表面が完全に目詰まりして冠水するとシステムが閉塞して水が溢れてしまいます。そこで、目詰まりして冠水が始まったら表層に溜まった余分な水を排除するのがバイパス構造です。バイパス管はろ床の表面に立ち上がりろ床の下面にある遮水シート上にある排水管まで繋がっているので、余分な水はそのまま排除されて次のろ床に移動します (図5参照) 。

  6. 人工軽石 (スーパーソル)

    人工軽石のスーパーソルはガラスのゴミから作られるリサイクル資材です。スーパーソルの大きさは1cm~5cm程度で、内部には小さな気泡がたくさんあり、比重が軽く水に安定して浮かびます。スーパーソルをろ床の表面に厚さ5cm程度で敷設しておくと、表層に有機物が溜まって閉塞した時に有機物が水平移動してバイパス管を閉塞するのを防ぎ、結果的にろ床の目詰まりが大きく軽減されます。

図表等

写真1

写真1 ハイブリッド伏流式人工湿地システムの現地施設と処理水 (例)。

左: 酪農搾乳パーラー排水の処理、搾乳牛400頭規模 (北海道別海町、2005年~) 、右: 養豚スラリー尿液の処理、育成豚2500頭規模 (北海道千歳市、2009年~) 。

図1

図1 ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システムの流れ図 (4段の例) 。

投入された汚水 (原水) は破線で示した矢印の流れに従って原水から放流まで段階的に浄化される。各段のろ床にはポンプでくみ上げて水を移動する。鉛直流ろ床の入口には自動サイフォンを設置し、ポンプで少しずつ送られた水を大量かつ間欠的にろ床に送水する。自動サイフォンは、短い時間でろ床表面に汚水を投入してろ床表面に水を広げる働きと、汚水を溜めている間には水を1滴も流さずにろ床を乾かすという2つの働きがあり、ろ床の隅々まで水を行き渡らせて、広い面積を有効に使う重要な役割を担っている。

表1 5~10年間の長期モニタリング調査を行った伏流式人工湿地ろ過システム
表1
図2

図2 浄化率の経年変化 (BOD、全窒素、全リン) 。

* 養鶏Cの施設は原水の窒素及びリン濃度が低いため窒素・リンを除去する設計にしていない。 ** 酪農Kの4年目と9年目の窒素・りん浄化率の低減要因:4年目は原水の流量増と原水濃度低下に伴う相対的な浄化率の低下、9年目はバルククーラーにある大量の牛乳が誤って人工湿地に混入したため。

図3

図3 夏期 (5~10月) と冬期 (11~4月) の浄化率。

BOD: 生物化学的酸素要求量、CODCr: 化学的酸素要求量クロム、SS: 懸濁物質。 浄化率は冬期と夏期のそれぞれの全調査期間の平均値。

写真6

図4 活性汚泥処理法* と人工湿地ろ過システムのコスト比較 (原水及び処理水のBODが同じ条件で比較) 。

* 活性汚泥法の費用 (電気・薬品など) 値は,主に (財) 畜産環境整備機構の家畜ふん尿処理施設・機械選定ガイドブック (汚水処理編) の評価書個表を参考に試算。

図5

図5 目詰まりを回避する工夫。

図のろ床の表面は土手で3つに区分されていて、夏は散水管のゲートを切り替えて汚水が投入される部分を交互に切り替えて使用することにより目詰まりを軽減し乾燥を促進している。仮に目詰まりが生じて表面に汚水が貯まっても安全バイパスにより余剰水が排除される。安全バイパスはバイパス強化カゴ (黒いカゴ) により高い排水性を確保している。また浮かぶ資材 (スーパーソル等) によって表面に浮かぶ有機物が補足されるので、粗大有機物の表面移動が抑制され安全バイパスの排水機能が保持される。これらの機能によって有機物が補足され、ヨシやミミズの繁殖が旺盛になり、好気性微生物による有機物の分解が促進される。