開発の社会的背景
近年、わが国における食品用ダイズの需要量は年間約100万トンで推移し、年間生産量が20~25万トンである国産ダイズのほぼ全量が食品向けに用いられています。農林水産省が実施した実需者アンケートの結果によれば、今後5年間の国産ダイズ使用量はすべての食品用用途において増加する見込みであり、速やかな増産が強く望まれています(農林水産省、大豆をめぐる事情、令和4年12月版)。しかし、地力低下や病害虫等による影響のため、生産が安定せずに単収が低迷している産地もあり、増産の期待に応えられないのが現状です。特に、東北地域ではダイズシストセンチュウが重要な病害虫となっており、本地域で高品質なダイズの安定生産を実現するためには、本センチュウへの抵抗性品種の育成が必要とされています。
研究の経緯
北東北地域で作付けされている主力品種には、重要病害虫のダイズシストセンチュウに抵抗性を持たない「おおすず」と、本センチュウのレース3への抵抗性を持つ「リュウホウ」や「ナンブシロメ」があります。近年、ダイズ連作等により、本センチュウのレース3への抵抗性品種にレース1が寄生するようになり、これらの品種の減収や小粒化等の被害が大きな問題となってきています。この状況を踏まえ、農研機構では、本センチュウのレース1への抵抗性品種の育成を目指し、高品質の「おおすず」との交配と選抜を行って「リョウユウ」を育成しました。
新品種「リョウユウ」の特徴
来歴
「リョウユウ」の育成に当たっては、最初に、ダイズモザイクウイルス抵抗性の「東北126号」を一回親に、成熟期が"やや早"で大粒の「おおすず」を反復親として5回の戻し交配4)を行いました。次いで、その後代を花粉親に、ダイズシストセンチュウのレース1及びレース3への抵抗性を持つ「東北116号」を種子親として交配を行い、さらに、その後代を一回親に、「おおすず」を反復親として1回の戻し交配を行い、その後、個体選抜5)及び系統選抜6)を行いました(図1)。なお、各々の戻し交配及び個体選抜の際にはDNAマーカー選抜7)を利用しました。
特長
- 「リョウユウ」は、ダイズシストセンチュウのレース1及びレース3のどちらにも抵抗性を持っています(表1)。そのため、本センチュウのレース1発生ほ場において、シストの寄生がほとんど認められず、正常に生育します(図2、図3、表2)。
- 「リョウユウ」は、ダイズモザイクウイルスのA、A2、B、C及びDのいずれにも抵抗性、及び、ラッカセイわい化ウイルス抵抗性を持っています(表1)。
- 東北地域における「リョウユウ」の成熟期は"やや早"で、草型は「おおすず」に類似しています(表3、図4)。
- 「リョウユウ」の子実は白目で、大きさは「おおすず」よりやや小さい「リュウホウ」並みの"やや大"で(表3)、豆腐、煮豆、赤色系味噌等の加工に適しています(図5、図6、図7)。
その他基本情報・栽培上の注意点
- 「リョウユウ」は、東北地域を中心とする寒冷地のうち、ダイズシストセンチュウのレース1が発生している地域での作付けに適しています。
- 「リョウユウ」はダイズシストセンチュウのレース1及びレース3のどちらにも抵抗性を持っていますが、より寄生性の強いレースの出現リスクを回避するために連作及び短期輪作は避けてください。
- 「リョウユウ」の立枯性病害抵抗性は"やや弱"であり(表1)、連作は収量の低下や土壌伝染性病害の蔓延を招くので、適切な輪作のもとで栽培してください。
- 「リョウユウ」の裂莢性8)は"易"であり、成熟後、収穫適期に達したら速やかに刈取りしてください。
品種の名前の由来
「リョウ」は、ダイズシストセンチュウによる被害を凌ぎ、「ユウ」は、その発生ほ場においても生育が優り、逞しく育つことを願って名付けました。漢字表記は「凌優」。
今後の予定・期待
東北地域を中心とする寒冷地で、既存のダイズシストセンチュウのレース3への抵抗性品種で対応が困難な被害発生の履歴を持つダイズ生産地での普及が予定されています。
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用語の解説
- 1) ダイズシストセンチュウとそのレース:
ダイズの根に寄生するセンチュウです。寄生された植物体は、生育が低下して黄化症状が現れるとともに、根に本センチュウの卵が詰まった黄色いシスト(包嚢)が多数形成されます。シストは土壌中で数年以上生存し、翌年以降の病原になります。なお、本センチュウは、指標品種に対する寄生性が異なる複数のレース(寄生型)に分類され、国内ではレース1、3、5の3種類の発生が確認されています(ただし、レース5は北海道の一部地域のみ)。そのうち、寄生性が最も弱いレース3は、「リュウホウ」等の抵抗性品種に寄生できないが、レース1はそれらに対して寄生可能であり、さらに高度な抵抗性を持つ必要があります。
- 2) ウイルス病:
植物病原ウイルスによって引き起こされる病害の総称です。ダイズに病害を引き起こすウイルスとして、ダイズモザイクウイルス、ラッカセイわい化ウイルス等が知られています。これらのウイルスにダイズが感染すると、葉にモザイク症状やえそ症状が現れるとともに、一般的に「褐斑粒」と呼ばれる種皮に褐色や黒色の斑紋が現れ、収量や種子の品質に影響が出ます。
- 3) おおすず:
農林水産省東北農業試験場において「刈交296F6」を母、「刈系237号」を父とする交配から育成され、2002年に登録されたダイズ品種です。ダイズモザイク病及びダイズシストセンチュウに対する抵抗性は、各々、"中"及び"弱"ですが、大粒で粗タンパク質含量率が"中"で、豆腐等の加工適性に優れています。
- 4) 戻し交配:
2つの品種や系統間の交配によるF1に再び両親のどちらかを交配することを指します。この操作を1回だけでなく、何世代かにわたってF1に繰り返すことを連続戻し交配といいます。連続戻し交配において繰り返し使われる親を反復親、目的遺伝子を取り入れるために最初の交配だけに使われる親を一回親といいます。ここでは、ダイズモザイクウイルス抵抗性またはダイズシストセンチュウ抵抗性を備えた品種からその抵抗性を「おおすず」に取り入れるために、連続戻し交配を利用しています。
- 5) 個体選抜:
個体の表現型に基づいて個体単位で選抜することを指します。ここでは、主にダイズモザイクウイルス抵抗性及びダイズシストセンチュウ抵抗性の形質を中心に行っています。
- 6) 系統選抜:
共通の交配組合せに由来する個体を自殖して集団とした系統単位で選抜することを指します。系統選抜は系統の平均値を選抜基準として優良系統を選抜します。
- 7) DNAマーカー選抜:
交配後代において、交配親の優良形質(ここでは、ダイズモザイクウイルス抵抗性及びダイズシストセンチュウ抵抗性)に関与する遺伝子を有する個体の選抜に際して、目的遺伝子に密に連鎖するDNAマーカー(目印となる特定の塩基配列)を指標として選抜する方法を指します。
- 8)裂莢性:
成熟した莢さやが弾はじける性質を指します。裂莢性が"易"の品種は、成熟後に高温乾燥状態が続くと、自然に弾けやすく、莢内の種子がこぼれてしまうので、収穫ロスの原因になります。
参考図
図1. 「リョウユウ」の交配過程(上側が種子親、下側が花粉親)
表1 ダイズシストセンチュウ及びウイルス病等に対する抵抗性(検定場所)
ナンブシロメ(左2畦)リョウユウ(中央2畦)ナンブシロメ(右2畦)
図2. ダイズシストセンチュウのレース1発生ほ場における
播種後8週間目の草姿(2020年)
図3. ダイズシストセンチュウのレース1発生ほ場における
播種後8週間目のシスト寄生指数(2020年)
注)データは平均値、バーは標準偏差(n=4)、異なる英小文字間に有意差あり(Tukey法、1%水準)。
表2 ダイズシストセンチュウのレース1発生ほ場における生育及び品質特性(2020年)
表3 水田転換畑標準播における生育及び品質特性(2019~2021年、秋田県大仙市)
リュウホウリョウユウおおすず
図4.「リョウユウ」の草姿
注)スケールは最小目盛1cm
図5.「リョウユウ」の豆腐官能評価結果(2019、2020年産の平均)
注)標準品は同年の熊本県産「フクユタカ」で、豆腐加工業S社による試作。
トヨムスメリョウユウ
図6.「リョウユウ」の煮豆試作品(2020年産)
注)標準品は同年の北海道産「トヨムスメ」で、煮豆加工業M社による試作。
M社コメント: 豆の旨味が感じ取れて美味しい。皮残りが全くなく、モチ
モチしていて柔らかい。
エンレイリョウユウ
図7.「リョウユウ」の赤色系味噌試作品(2020年産)
注)標準品は同年の新潟県産「エンレイ」で、C研究所による試作。
C研究所コメント: 標準品より色が淡いが、赤みの冴えがあり、
きれいな色調。少し皮が口に残ったものの、味噌の固さはなめ
らかで良好。