プレスリリース
(研究成果)沖縄向けサツマイモ基腐病抵抗性 新品種「おぼろ(べに)

- 加工原料として沖縄県内の紅いも不足解消の一助に -

情報公開日:2023年11月17日 (金曜日)

ポイント

農研機構は、サツマイモ基腐病1)に抵抗性のある、沖縄向け加工原料用新品種「おぼろ紅」(系統名:糸系1)を育成しました。主な用途となる紅芋タルト等への加工にあたっては、主要品種である「ちゅら恋紅」と混用することで、濃い紫色を保ちつつ風味や食味が改善されます。サツマイモ基腐病の被害に悩まされている沖縄県内の産地において、生産者が安心して栽培でき、原料の安定確保に寄与することが期待されます。

概要

沖縄県では、「紅いも2)」と称される紫かんしょが生産され、観光客からの人気が高い紅芋タルトなどの加工土産品として利用されています。このような中、2018年に沖縄県でサツマイモ基腐病(以下、基腐病)が初めて確認されました。現在、沖縄県で栽培される紫かんしょ品種は「ちゅら恋紅」が全体の80%以上を占めていますが、「ちゅら恋紅」は基腐病に対しての抵抗性が十分ではありません。最近、紅いもタルトの品不足が話題となり、基腐病の発生による県産原料いもの供給不足について複数の新聞報道で取り上げられるなど、本病害に対する地域の関心も高まっています。

今回、農研機構は基腐病に強い沖縄向け加工原料用新品種「おぼろ紅」を育成しました。「おぼろ紅」は、基腐病に対して「ちゅら恋紅」より強い抵抗性を示し、「ちゅら恋紅」と同程度の収量性と加工適性を備えており、紫肉色の濃さの指標であるアントシアニン色価3)は「ちゅら恋紅」より低いものの、食味が優れています。そのため、「おぼろ紅」と「ちゅら恋紅」と混合したペーストを使用することで、紅芋タルトの特色である濃い紫色を保ちながらタルトの風味や食味を改善することが可能です。島尻マージ土壌4)に比べアントシアニン色価が比較的高い沖縄本島中南部のジャーガル土壌5)での普及を予定しています。「おぼろ紅」の普及により、沖縄県における基腐病による被害が軽減され、原料の安定確保に寄与することが期待されます。種苗の提供のお申し込みは随時受け付けます。

関連情報

予算:生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)「産地崩壊の危機を回避するためのかんしょ病害防除技術の開発」 、農林水産省委託プロジェクト研究「国際競争力強化技術開発プロジェクト「輸出促進のための新技術・新品種開発」(国際競争力強化へ向けたかんしょ生産の安定化と高品質化に係る系統の育成と栽培技術の開発)」
品種登録出願番号:「第36750号」(令和5年3月30日出願、令和5年8月22日出願公表)

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構九州沖縄農業研究センター 所長 原田 久富美
研究担当者 :
同 暖地畑作物野菜研究領域 上級研究員 岡田 吉弘
上級研究員 鈴木 崇之
広報担当者 :
同 研究推進室広報チーム長 田中 和光


詳細情報

品種育成の社会的背景と研究の経緯

台風や干ばつなどの気象災害に強いかんしょは、沖縄県における重要な畑作物です。特に、「紅いも」と称される沖縄県産紫かんしょは、紅芋タルトなどの加工土産品としての人気が高く、インバウンド消費6)の拡大にも貢献しています。

ところが2018年秋、沖縄県で国内初となるサツマイモ基腐病(以下、基腐病)が発生し、基腐病への抵抗性が十分でない加工原料用主力品種「ちゅら恋紅」は大きな被害を受けています。2023年現在、コロナ禍による観光客数の減少が回復するなかで、沖縄では紅いもタルトの品不足が話題になりましたが、品不足の要因として、基腐病の発生による県産原料いもの供給不足が複数の新聞報道で取り上げられるなど、本病害に対する地域の関心も高まっています。

そこで、農研機構では、「ちゅら恋紅」よりも基腐病に強く、「ちゅら恋紅」並みに多収で加工適性に優れることで、生産者が安心して栽培できる紫かんしょ新品種「おぼろ紅」の育成を行いました。

新品種「おぼろ紅」の特徴

  • 「おぼろ紅」は、沖縄県で古くから栽培されている在来品種「備瀬(びせ)」を母親とした自然交雑種子7)から選抜した品種です。塊根の形は"楕円形"で、表皮の主な色は"紫赤"、肉の主な色は"紫"です。肉の主な色の濃淡は"淡"です(図1)。
  • 「おぼろ紅」は、慣行の春植え栽培において「ちゅら恋紅」と同等の多収性を示します。「ちゅら恋紅」よりも基腐病に強く、抵抗性程度は"強"で、基腐病発生ほ場でのいもの腐敗が少なく、健全いもの割合が「ちゅら恋紅」より多くなります(図2表1)。
  • 「おぼろ紅」は、害虫のゾウムシ類8)に対する抵抗性程度は"やや強"で、被害率は「ちゅら恋紅」より低いです(表1)。
  • 「おぼろ紅」のペースト加工並びにタルトへの加工適性は、「ちゅら恋紅」と同程度です。ただし、アントシアニン色価は「ちゅら恋紅」よりも低く、濃い紫色を特色とする紅芋タルト等への「おぼろ紅」単体での利用は難しいですが、「ちゅら恋紅」よりも蒸しいもの食味が良いため、「ちゅら恋紅」に「おぼろ紅」を40から60%混合することで紅芋タルト等の製品化が可能で、かつ製品の風味や食味が改善されます(表2図3)。
  • 「おぼろ紅」は栽培する土壌の種類によって肉色の色づきが異なります。ジャーガル土壌では島尻マージ土壌に比べアントシアニン色価が高くなる傾向にあります。ジャーガル土壌での普及を予定しており、島尻マージ土壌での栽培には留意が必要です(図4)。
図1 「おぼろ紅」と「ちゅら恋紅」のいもの外観と断面
図2 「おぼろ紅」と「ちゅら恋紅」の育成地(沖縄県糸満市:ジャーガル土壌)に
おける収量性の比較(令和元年~令和4年の春植え栽培における平均値)
表1 主な栽培特性
表2 蒸しいもの食味および加工適正評価
図3 紅芋タルトへの加工適性評価
「おぼろ紅」は「ちゅら恋紅」と比べアントシアニン色価が低いため、「ちゅら恋紅」に「おぼろ紅」を40%から60%配合したペーストを利用することで製品化が可能。
図4 土壌型の違いによるアントシアニン色価の変化(令和4年度調査)
[ おぼろ紅」は、島尻マージ土壌における栽培では、ジャーガル土壌における栽培に比べ、アントシアニン色価が低い傾向にあるため、栽培には留意が必要。

品種の名前の由来

斑(まだら)の紫肉が持つ美しさを「おぼろ月」に例え、コロナ禍と基腐病の影響を受けた沖縄の紅いも業界の中で「光る月」の様な存在になって欲しいと願って命名しました。

今後の予定・期待

「おぼろ紅」は、2024年から沖縄県のかんしょ産地(ジャーガル土壌)において、栽培が開始される予定です。2025年に10haの普及を目指しています。基腐病に強い「おぼろ紅」の普及により、生産者が安心して栽培でき、原料の安定確保に寄与することが期待されます。農研機構では、「おぼろ紅」に続く沖縄県向けの加工用、青果用基腐病抵抗性品種の育成にも力を入れています。

原種苗入手先に関するお問い合わせ(生産者向け)

生産者の方を対象とした原種苗提供契約のお申し込みは随時受け付けています。
下記のメールフォームからお問い合わせください。

農研機構九州沖縄農業センターHP【研究・品種・特許についてのお問い合わせ】
https://prd.form.naro.go.jp/form/pub/naro01/karc_research

配布は随時行いますが、提供可能な量には限りがあるため、お申し込みいただいても種苗が提供できない場合があることをあらかじめご了承ください。
なお、増殖した種苗を他者へ譲渡(有償・無償にかかわらず)する場合は、別途、利用許諾契約が必要となりますので、次項を参照しお申し込みください。

なお、品種の利用については以下もご参照ください。
農研機構HP【農研機構育成の登録品種の自家用の栽培向け増殖に係る許諾手続きについて (農業者向け)】
https://www.naro.go.jp/collab/breed/permission/index.html

利用許諾契約に関するお問い合わせ(種苗会社等向け)

種苗の生産・譲渡に係る利用許諾契約のお申込みは随時受け付けています。
下記のメールフォームでお問い合わせください。
農研機構HP【研究・品種についてのお問い合わせ】
https://prd.form.naro.go.jp/form/pub/naro01/hinshu

なお、品種の利用については以下もご参照ください。
農研機構HP【品種の利用方法についてのお問い合わせ】
https://www.naro.go.jp/collab/breed/breed_exploit/index.html

用語の解説

サツマイモ基腐病
サツマイモがDiaporthe destruens(ディアポルテ・デストルエンス)という糸状菌(かび)に感染することで起こる、茎葉が枯死し、いもが腐敗する病気。サツマイモ基腐病の対策全般については、対策マニュアル「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和4年度版)」をご覧ください。
サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和4年度版)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/158250.html[ポイントへ戻る]
紅いも
沖縄で栽培される紫かんしょ(紫サツマイモ)の総称。 [概要へ戻る]
アントシアニン色価
アントシアニン色素の色の濃淡を数値的に表したもの。数値が大きいほど、色が濃いことを示す。[概要へ戻る]
島尻マージ土壌
石灰岩に由来する暗赤色の土壌。沖縄地域に広く分布する。[概要へ戻る]
ジャーガル土壌
泥灰岩に由来する灰色の土壌。沖縄本島中南部等に分布する。[概要へ戻る]
インバウンド消費
日本を訪れる外国人の観光客による、国内での消費活動を指す。[品種育成の社会的背景と研究へ戻る]
自然交雑種子
通常、サツマイモは沖縄以外では開花しないが、沖縄では毎年秋から春先にかけて開花する。また、サツマイモは、自分の花粉では受粉しない性質のため、種子をつけるためには、蜂などの花粉を媒介する昆虫が、他の品種の花粉を運ぶ必要がある。このように、自然界で開花し、昆虫等が花粉を運ぶことでできた種子を自然交雑種子という。[新品種「おぼろ紅」の特徴へ戻る]
ゾウムシ類
サツマイモの大害虫であるゾウムシ類は、我が国においては、喜界島以南の南西諸島と小笠原諸島にのみ分布する。沖縄にはアリモドキゾウムシ(Cylas formicarius)とイモゾウムシ(Euscepes postfasciatus)の2種が分布している。これらゾウムシの食害を受けたいもは、イポメアマロンという毒素を生成し食用にならないため、ゾウムシの食害を受けにくい抵抗性品種が望まれている。[新品種「おぼろ紅」の特徴へ戻る]
ブリックス
屈折計示度(Brix)のこと。果汁等の糖含量を示す値として用いられる。糖度とも呼ばれる。[新品種「おぼろ紅」の特徴へ戻る]