プレスリリース
(研究成果)いもち病抵抗性イタリアンライグラス「Kyushu 1」で冬季と春季の2回収穫が可能に

- 栽培管理法等の標準作業手順書を公開 -

情報公開日:2024年2月28日 (水曜日)

ポイント

  • 農研機構は、いもち病抵抗性が強い極早生イタリアンライグラス新品種「Kyushu 1」の標準作業手順書1)を本日ウェブサイトで公開しました。
  • イタリアンライグラスは春季からの収穫が一般的ですが、本手順書では、「Kyushu 1」を用いて、冬季と春季に2回収穫することを可能とする新たな栽培管理法等をまとめています。これらの技術の普及により国産飼料の増産につながることが期待されます。

概要

輸入飼料価格が高水準で推移する中、家畜の餌となる国産飼料の増産は畜産経営の安定化のために喫緊の課題となっています。イタリアンライグラスは、ウシの嗜好性や栄養価が高く、我が国で広く栽培されている一年生の冬作飼料作物です。中でも九州地域はその主要な産地であり、全国の栽培面積(推定約6万ha)の約7割を占めます。一般的にイタリアンライグラスは10月から11月頃に播種し(従来作型)、出穂する春季に収穫します。一方で、九州の暖かな気候を生かし、イタリアンライグラスを9月頃に播種して年内草2)を12月から1月頃に収穫し、さらに再生草(春1番草3))を春に収穫する作付体系も可能です。従来作型の播種時期は、近年その作付けが拡大している飼料用イネの収穫時期と重なるため、特にほ場面積の大きい経営体で従来作型のみ行うと、適切な時期に播種ができず、減収となるリスクがあります。加えて、春の収穫作業が1つの時期に集中するため、収穫やその後の処理が適期に行えず、減収したり、飼料品質が悪くなるリスクもあります。そこで、これとは異なる、9月播種、年内草の収穫を行う作付体系を取り入れることにより、こうした作業の集中によって生じるリスクを回避することができ、さらなる国産飼料の増産が期待できます。しかしながら、まだ気温が高い9月に播種すると、播種直後のいもち病4)発生により、大幅に減収するリスクがあるため、9月の播種でも安定的な生産が可能なイタリアンライグラス品種が求められていました。

農研機構はいもち病抵抗性が強い極早生品種「Kyushu 1」を2017年に開発しました。このたび、「Kyushu 1」を用いた、新たな作付体系の標準作業手順書を公開しました。本作付体系は、通常のイタリアンライグラスの作型と播種時期や収穫時期が異なることから、作業分散も可能になります。本標準作業手順書では、「Kyushu 1」がいもち病抵抗性等に優れることに加え、9月播種栽培での収量性や、冬季収穫では粗たんぱく質含量が安定して高く、品質面でも優位性があること、また、牛の中毒症状を引き起こす硝酸態窒素に関するの対処法なども含め、導入時に必要な手順と留意点等を解説しています。

新品種「Kyushu 1」と本手順書を活用することで、従来作型との作業分散が可能で、高品質な年内草を収穫できる作付体系の普及拡大を通じて、国産飼料生産の拡大が期待されます。

【標準作業手順書掲載URL】
イタリアンライグラス品種「Kyushu 1」標準作業手順書
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/162007.html

関連情報

予算:生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)「暖地での周年グラス体系向きソルガムおよびイタリアンライグラスの耐病性品種の育成」26086C
品種登録出願番号:「32120号」(2017年5月12日出願、2017年8月18日出願公表)

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構 九州沖縄農業研究センター 所長原田 久富美
研究担当者 :
同 暖地畜産研究領域 飼料生産グループ上級研究員荒川 明
広報担当者 :
同 研究推進室 広報チーム長田中 和光

詳細情報

開発の社会的背景

世界情勢の影響もあり、輸入飼料価格が高水準で推移しています。九州地域は、畜産の産出額において全国の25%程度を占める重要な産地であり、九州の畜産を支える自給飼料の増産は、温暖な気候を活かし、多様な作付体系を組み合わせ、農地の利用率を高めることで実現することができます。

こうした暖地向け飼料作物のうち、冬作物としてはイタリアンライグラスが主要なものです。通常は10月から11月に播種し、春に1~2回収穫しますが、9月頃に極早生品種を播種すると、12月から1月に収穫が可能(年内草)となり、さらに収穫後の再生草(春1番草)を翌年春に収穫することができます。このように、播種や収穫の時期が通常の栽培と異なる作付体系を取り入れると、一時期に作業が集中することを回避することができるほか、播種の遅れによる生育不良や収穫の遅れによる品質低下を防ぐことができ、より効率的に自給飼料の増産を目指すことが可能です。

研究の経緯

イタリアンライグラスを9月中に播種すると、まだ気温が高いため、播種直後にいもち病が発生しやすい条件になる場合があります(図12)。近年、九州など暖地を中心にイタリアンライグラスでのいもち病の発生が多くみられていますが、気候温暖化により、その発生リスクは高まっていると考えられます。いもち病の激しい発生があると、株枯れを起こし、大幅な減収となる場合があります。

そこで農研機構では、いもち病に抵抗性を持つ品種の育成に取組みました。これまでの抵抗性品種「さちあおば」は中程度の抵抗性で、特にいもち病の発生が激しい場合には、抵抗性程度が不十分だったため、「さちあおば」より抵抗性を強化した「Kyushu 1」を育成しました。「Kyushu 1」は2017年に品種登録出願され、2020年8月から種子販売を開始していますが、今回、新たな作付体系などを示した標準作業手順書を公開しました。

研究の内容・意義

この標準作業手順書では、いもち病抵抗性品種「Kyushu 1」について、冬季と春季の2回収穫を可能とする栽培管理法などをまとめています。
  • 「はじめに」において、「Kyushu 1」を9月に播種した年内草と春1番草の合計収量が、従来の作型での収量より多収になることを紹介しています(図1)。また、I章「『Kyushu 1』の概要と特徴」において、「Kyushu 1」はそれまでのいもち病抵抗性品種「さちあおば」より抵抗性が向上していること(図3 4)、早晩性が「さちあおば」並みの極早生であること等を紹介しています(表1)。
  • 本手順書II章「『Kyushu 1』の栽培暦と9月播種栽培のポイント」においては、「Kyushu 1」の栽培方法の注意点をまとめました。9月播種を行ううえで、いもち病の発生以外に夏雑草の繁茂による減収や栄養価の低下のリスクがあるため、夏雑草の繁茂を防ぐ栽培法として、「Kyushu 1」の9月播種では、播種時期は9月中旬から下旬、播種量は一般的な播種量よりやや多い4~5kg/10aとすることで夏雑草の繁茂を回避することができることなどを紹介しています。また、年内草は春季の出穂期以降の収穫と比較すると、牛の中毒症状を引き起こす硝酸態窒素が高まりやすい傾向があるため、地域の施肥基準の順守、高濃度の場合は給与を取りやるといった対処法についても解説しています。なお、「Kyushu 1」は年内草、春1番草の収穫後、春2番草まで収穫が可能です。
  • 導入事例として、現地実証や実証栽培試験における収量性(図5)の他、年内草で粗たんぱく質含量が高い傾向になることも紹介しています。

今後の予定・期待

「Kyushu 1」の開発によって年内草を収穫する体系が可能となったことで、九州における自給飼料生産の体系がより多様性を増し、輸入飼料依存から国産飼料の安定供給への切り替えが進むことが期待されます。農研機構では、「Kyushu 1」について、2025年に栽培面積300haまで普及させることを目標にしており、飼料高に苦しむ畜産経営への助けになると考えられます。この目標の着実な達成のためにも、本手順書を多くの生産者の方にご活用いただきたいと考えています。

原種苗入手先に関するお問い合わせ

「Kyushu 1」の種苗を生産して譲渡を行う団体と利用許諾契約を締結し原種苗を提供します。一般の方の種苗の入手先は以下でご確認ください。

農研機構育成品種の種苗入手先リスト
https://www.naro.go.jp/collab/breed/seeds_list/index.html

リストに掲載が無い場合は、利用許諾契約に関するお問い合せに記載するメールフォームでお問い合せください。

利用許諾契約に関するお問い合わせ

下記のメールフォームでお問い合わせください。
農研機構HP【研究・品種についてのお問い合わせ】
https://prd.form.naro.go.jp/form/pub/naro01/hinshu

なお、品種の利用については以下もご参照ください。
農研機構HP【品種の利用方法についてのお問い合わせ】
https://www.naro.go.jp/collab/breed/breed_exploit/index.html

用語の解説

標準作業手順書 (SOP : Standard Operation Procedures)
技術の必要性、導入の条件、具体的な導入手順、導入例、効果等を記載した手順書。農研機構は重要な技術についてSOPを作成し社会実装 (普及) を進める方針としています。[ポイントへ戻る]
年内草
「Kyushu 1」を9月に播種した際に、12月から1月までに収穫する草を「年内草」と表記します。[概要へ戻る]
春1番草
従来のイタリアンライグラスの作型では、年内草は収穫せず、翌春に収穫する収穫物を1番草としています。本手順書では、「Kyushu 1」を9月に播種し、年内草(上記参照)を収穫しているために翌春で最初に収穫する収穫物を「春1番草」と表記しています。[概要へ戻る]
いもち病(病原菌:Magnaporthe oryzae B. Couch [=Pyricularia oryzae Cavara])
イネの病害で知られる「いもち病」と同種の病原菌によるイタリアンライグラスの病害で、暖地で早播き(9月播種)をした際の生育初期に発生します。病斑は短い紡錘形で、灰白色、周縁部は褐色となることが多いです。激しく発生すると葉全体を枯らして立枯症状を引き起こします。高温傾向で多雨の年に発生しやすく、発生が激しい場合に収量(年内草)が80%程度減少した試験例もあります。22℃以上で病斑が拡大していって、病害程度が大きくなることがわかっています。
<参考>
NARO農研機構 飼料作物病害図鑑
https://www.naro.affrc.go.jp/org/nilgs/diseases/dtitle.html [概要へ戻る]

発表論文

荒川明.2020.いもち病抵抗性イタリアンライグラス新品種「Kyushu 1」.BIO九州,229,14-19

参考図表

図1 イタリアンライグラスの年内草を収穫する作型(従来作型との比較)
図2 イタリアンライグラスいもち病の典型的な病徴
図3 イタリアンライグラス3品種(「Kyushu 1」、「さちあおば」、「ワセユタカ(罹病性品種)」)のいもち病による生育阻害の状況
播種日:2014年8月26日、撮影日:2014年10月7日
農研機構九州沖縄農業研究センター(熊本県合志市)
※罹病性:病気にかかりやすい性質
図4 いもち病多発年における「Kyushu 1」および比較品種の年内草の生育状況
播種日:2016年9月12日、撮影日:2016年12月7日
農研機構九州沖縄農業研究センター(熊本県合志市)
※罹病性:病気にかかりやすい性質
図5 「Kyushu 1」と「さちあおば」の年内草と春1番草の合計乾物収量
九州地域の6場所3カ年(2014年~2016年播種)の平均
表1 9月播種における「Kyushu 1」の春1番草の出穂始め