プレスリリース
(研究成果)加工にも青果にも使える沖縄向けサツマイモ基腐病抵抗性新品種「ニライむらさき」
- 沖縄県内のかんしょ産地全域で抵抗性品種が利用可能に -
ポイント
農研機構は、サツマイモ基腐病1)(以下、基腐病)に強い抵抗性を有し、食味が良く、島尻マージ土壌2)での栽培に適した紫かんしょ(沖縄で「紅いも」と称されるかんしょ)の新品種「ニライむらさき」(系統名:糸系2)を育成しました。「ニライむらさき」はペーストやタルト等の製品への加工適性が高く、加工向けの主要品種「ちゅら恋紅」と同等の濃い紫色を示すことに加え食味に優れるため、「ちゅら恋紅」よりも製品の風味や食味の向上が期待されます。また、食味が優れる特性を活かして焼き芋などの青果用としての利用にも適します。先に開発したジャーガル土壌3)向けの「おぼろ紅」とあわせて沖縄県内の産地全域を基腐病抵抗性品種でカバーできるようになり、生産者が安心して栽培でき、紅いもの安定生産に寄与することが期待されます。
概要
観光地として人気が高い沖縄県では、「紅いも」と称される紫かんしょの生産が盛んで、紅芋タルトなどの加工土産品は、インバウンド消費の拡大に貢献しています。しかし、沖縄県で生産される紅いもの8割を占める「ちゅら恋紅」は、基腐病に対する抵抗性が十分ではなく、基腐病抵抗性品種の開発が強く求められていました。そこで農研機構では、2023年に沖縄向けでは初となる基腐病抵抗性品種「おぼろ紅」を育成しました。「おぼろ紅」は多収で基腐病に強く、生産現場での普及が現在始まっていますが、島尻マージ土壌で栽培した場合のアントシアニン色価4)がジャーガル土壌と比較して低い傾向にあるため、沖縄県内かんしょ産地に多く分布する島尻マージ土壌での栽培に適した基腐病抵抗性品種の育成が喫緊の課題でした。この課題に対応するため、農研機構は、今回、沖縄向けの基腐病抵抗性新品種の第二弾となる、島尻マージ土壌での栽培に適した「ニライむらさき」を育成しました。
「ニライむらさき」はアントシアニン色価が「おぼろ紅」よりも高く、土壌型による変化も小さく安定しています。実需者によるペーストやタルトの加工適性評価は「ちゅら恋紅」と同程度ですが、「ニライむらさき」は蒸しいもの食味に優れており、タルト等へ加工した際に製品の風味や食味の向上が期待されるほか、焼き芋などの青果用としても有望な品種です。さらに、「ニライむらさき」の春植え慣行栽培における収量は、試験を行った3年間の平均値で「ちゅら恋紅」にやや劣るものの、収量の年次間差は小さく安定しています。また、基腐病抵抗性による腐敗いもの発生が少ないため、健全いもの安定生産が可能です。一方で、土壌型によって収量性に違いがあり、ジャーガル土壌より島尻マージ土壌での収量性が高い傾向にあります。したがって、ジャーガル土壌に適する「おぼろ紅」に加え、島尻マージ土壌に適する「ニライむらさき」が育成されたことで、沖縄県内かんしょ産地の主要土壌型に適した基腐病抵抗性品種が揃い、県産紅いもの安定生産に寄与することが期待されます。
関連情報
予算:生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)「産地崩壊の危機を回避するためのかんしょ病害防除技術の開発」 、農林水産省委託プロジェクト研究「国際競争力強化技術開発プロジェクト「輸出促進のための新技術・新品種開発」(国際競争力強化へ向けたかんしょ生産の安定化と高品質化に係る系統の育成と栽培技術の開発)」
品種登録出願番号:「第37364号」(2024年3月28日出願、2024年7月10日出願公表)
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構九州沖縄農業研究センター 所長 澁谷 美紀
研究担当者 :
同 暖地畑作物野菜研究領域 上級研究員 岡田 吉弘
広報担当者 :
同 研究推進室広報チーム長 緒方 靖大
詳細情報
品種育成の社会的背景と研究の経緯
台風や干ばつなどの気象災害に強いかんしょは、沖縄県における重要な畑作物です。特に、「紅いも」と称される沖縄県産紫かんしょは、紅芋タルトなどの加工土産品としての人気が高く、インバウンド消費の拡大にも貢献しています。
しかし、2018年に確認された基腐病の影響等により、県内のかんしょ生産量は2017年の3,820tから2023年には2,350tに大きく減少しています。基腐病抵抗性品種の開発に対する行政、実需者からの強い要望を受け、農研機構は2023年にジャーガル土壌を栽培適地とする「おぼろ紅」を育成しました。「おぼろ紅」は多収で基腐病に強い特性を持ち、現在、生産者での栽培が開始されています。しかし、ジャーガル土壌よりも県内かんしょ産地に多い土壌型である島尻マージ土壌で「おぼろ紅」を栽培した場合、アントシアニン色価が低くなる傾向にあるため、島尻マージ土壌での栽培に適した基腐病抵抗性品種をいち早く開発して現場に導入し、普及させていくことが沖縄県内の原料安定供給のために重要です。
そこで、農研機構では、「ちゅら恋紅」よりも基腐病に強く、島尻マージ土壌での安定生産が可能で、加工適性に優れ、かつ食味の良いかんしょの新品種の育成を目指しました。
新品種「ニライむらさき」の特徴
- 「ニライむらさき」は、沖縄県で古くから栽培されている白皮・紫肉色の在来品種で比較的基腐病に強い「備瀬(びせ)」を母親とした自然交雑種子5)から選抜した品種です。塊根の形は"卵形"で、表皮の主な色は"紫赤"、肉の主な色は"紫"です。肉の主な色の濃淡は"濃"です(図1)。
- 島尻マージ土壌での現地試験を行った「ニライむらさき」の収量は、3年間の平均値では「ちゅら恋紅」にやや劣るものの、年次間差が小さく安定しています。また、基腐病発生ほ場では、基腐病抵抗性程度は"強"で「ちゅら恋紅」よりも強く、基腐病発生ほ場では、いもの腐敗が少ないため、健全いもの収量は「ちゅら恋紅」より多くなります。一方、ジャーガル土壌では収量が低くなる傾向にあります(表1、図2)。
- 「ニライむらさき」は、害虫のゾウムシ類6)に対する被害程度は"やや低"で、被害率は「ちゅら恋紅」より低いです(表1)。
品種の名前の由来
沖縄の言い伝えでは、琉球はニライカナイから神が来て始まったとされ、ニライカナイから豊穣がもたらされるという信仰もあります。沖縄のいも産業に、この品種によって新たな明るい将来がもたらされるようにとの想いを込めて命名しました。
今後の予定・期待
「ニライむらさき」は、沖縄県のかんしょ産地に多い島尻マージ土壌を中心に、2025年から栽培が開始される予定です。2027年に50haの普及を目指しています。2023年に育成したジャーガル土壌向きの「おぼろ紅」と合わせ、沖縄のかんしょ栽培における主要な土壌型に対応した基腐病抵抗性品種が揃ったことから、原料いもの安定確保に寄与することが期待されます。農研機構では、「おぼろ紅」、「ニライむらさき」に続く沖縄向け紅いも品種の育成にも力を入れています。
原種苗入手先に関するお問い合わせ(生産者向け)
生産者の方を対象とした原種苗提供契約のお申し込みは随時受け付けています。下記のメールフォームからお問い合わせください。
農研機構九州沖縄農業センターHP【研究・品種・特許についてのお問い合わせ】
https://prd.form.naro.go.jp/form/pub/naro01/karc_research
配布は随時行いますが、提供可能な量には限りがあるため、お申し込みいただいても種苗が提供できない場合があることをあらかじめご了承ください。
なお、増殖した種苗を他者へ譲渡(有償・無償にかかわらず)する場合は、別途、利用許諾契約が必要となりますので、次項を参照しお申し込みください。
なお、品種の利用については以下もご参照ください。
農研機構HP【農研機構育成の登録品種の自家用の栽培向け増殖に係る許諾手続きについて (農業者向け)】
https://www.naro.go.jp/collab/breed/permission/index.html
利用許諾契約に関するお問い合わせ(種苗会社等向け)
用語の解説