プレスリリース
(研究成果) 農場で実施可能なメタン排出量推定法による、資材のメタン削減効果の検証方法を明確化

- 黒毛和種肥育牛を対象としたメタン削減資材開発の加速化に期待 -

情報公開日:2024年3月26日 (火曜日)

農研機
兵庫

ポイント

農研機構と兵庫県は共同で、黒毛和種肥育牛1)を対象として開発した簡易な消化管内発酵由来メタン排出量推定法の精度を検証しました。そして、本推定法を用いて、メタン削減を目的とした資材の効果を調べる際に必要な個体数を明確にしました。これらの情報は資材によるメタン排出量削減効果を農場で検証する際の最適な試験設計の構築に活用でき、黒毛和種肥育牛からのメタン排出量削減を目的とした研究・技術開発の加速化が期待されます。

概要

ウシの消化管内で発生したメタンはゲップによって大気中に排出されますが、温室効果ガス削減の観点から、ウシからのメタン排出量削減技術の開発が求められています。これまで、ウシからのメタン排出量の正確な測定には、チャンバー2)またはヘッドボックス3)といった特別な設備が必要であることがメタン排出量削減のための研究を進める上で制限要因となっていました。そのため、農研機構が代表を務めた気候変動緩和コンソーシアム(2017~2021年度)では、スニファー法4)により測定した呼気中メタン/二酸化炭素濃度比5)を使用した簡易なメタン排出量推定法を「ウシルーメン発酵由来メタン排出量推定マニュアル」(2022年3月発行 https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/152088.html)において、メタン排出量削減に関心をもつ研究機関や飼料メーカーらを対象に提案しました(参考:農研機構プレスリリース「新たな牛のメタン排出量算出式を開発しマニュアル化」(2022年) https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nilgs/153466.html)。

本研究ではマニュアルで提案した、黒毛和種肥育牛を対象とするメタン排出量推定法の精度を検証し、この推定法を用いて、資材給与(参考:メタン抑制資材 https://www.naro.go.jp/laboratory/nilgs/enteric_methane/tech/157038.html)によるメタン削減の効果を調べる際に必要な個体数を明らかにしました(Oikawaら2023、Oikawaら2024)。これらの情報は、資材のメタン削減効果を農場で検証する際の最適な試験設計の構築に活用できます。本成果により、研究機関や飼料メーカーらによる黒毛和種肥育牛からのメタン排出量削減技術開発の加速化が期待されます。

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「畜産からのGHG排出削減のための技術開発(JPJ011299)」、運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 畜産研究部門 所長三森 眞琴
研究担当者 :
同 乳牛精密管理研究領域 研究員及川 康平
兵庫県立農林水産技術総合センター畜産技術センター 主任研究員正木 達規
広報担当者 :
農研機構 畜産研究部門 研究推進室渉外チーム高橋 朋宏

詳細情報

開発の社会的背景

国内の農業分野から排出される温室効果ガスの量は二酸化炭素換算で3,220万トンであり、その約24%を家畜、主にウシの消化管内発酵に伴うメタンが占めています(日本国温室効果ガスインベントリ報告書2023年)。そのため、ウシからのメタン排出量削減技術の開発が求められていますが、メタン排出量の正確な測定にはチャンバーまたはヘッドボックス(写真1)といった特別な設備が必要であることが研究を進める上での制限要因となっていました。この問題を解決するため、近年国内ではスニファー法により測定した呼気中メタン/二酸化炭素濃度比を使用した簡易なメタン排出量推定法が、搾乳ロボット6)を所有する試験研究機関を中心に乳用牛において普及しつつあります。肉用牛は乳用牛に比べて飼料摂取量が少ないため1頭あたりのメタン排出量は少ないものの、国内での飼養頭数が乳用牛より多いことから、総飼養頭数からのメタン排出量は乳用牛よりも多いとされています(日本国温室効果ガスインベントリ報告書2023年)。そのため、乳用牛と同様に肉用牛においても簡易なメタン排出量推定法の開発が求められています。

写真1 ヘッドボックス(前方および後方から撮影)
※正確なメタン排出量の測定が可能だが、建設や運用コストが高いことが欠点である。

研究の経緯

農研機構が代表を務めた気候変動緩和コンソーシアム(2017~2021年度)は「ウシルーメン発酵由来メタン排出量推定マニュアル」(2022年3月発行)において、黒毛和種肥育牛の飼料エネルギーの代謝特性に基づく理論式として、黒毛和種肥育牛のメタン排出量推定式を提案しました。また、この推定式内にはメタン/二酸化炭素濃度比が含まれるため、推定式を実際に使用するには各個体から呼気中のメタン/二酸化炭素濃度比を測定する必要があることから、その測定法としてスニファー法の肥育牛への適用法も併せて提案しました。これらの使用によって、特別な設備を必要としない、農場でのメタン排出量推定が可能となりましたが、提案したメタン排出量推定式は理論式にとどまり、その精度が検証されていないことが黒毛和種肥育牛のメタン排出量削減研究への利用における課題となっていました。また、農場でのスニファー法の測定事例が限られているため、同法によってメタン削減を目的とした資材の効果を調べる際に必要な個体数は不明確でした。そこで本研究では、1.メタン排出量推定式の精度を、ヘッドボックスを用いた標準法により測定したメタン排出量実測値を使用して検証するとともに、2.農場で多頭数を対象にスニファー法を実施し、3.メタン排出量削減資材の効果を試験する際に求められる条件を調べました。

研究の内容・意義

  • 黒毛和種肥育牛を対象としたメタン排出量推定式の精度を検証

    ① 精度を検証したメタン排出量推定式
    ウシルーメン発酵由来メタン排出量推定マニュアル(2022)では黒毛和種肥育牛を対象として下記のメタン排出量推定式を提案しました。

    メタン排出量(L/日)=酸素消費量(L/日)×呼吸商×メタン/二酸化炭素濃度比

    ここで、
    酸素消費量(L/日)={a×MBW+0.48×(MEI- a×MBW)}×1000/4.89
    呼吸商=1.074-0.003283×Rratio+0.6478×MEI/MBW

    a:維持ME要求量(Mcal/kg0.75、去勢雄:0.1124、雌:0.1108)、MBW:代謝体重(kg0.75)、MEI:代謝エネルギー摂取量(Mcal/日)、Rratio:粗飼料摂取率(%総摂取量)

    上記式を整理すると、メタン排出量推定式を使用するのに必要な測定項目は呼気中メタン/二酸化炭素濃度比、体重、飼料摂取量、および飼料成分です。呼気中メタン/二酸化炭素濃度比はスニファー法で、その他の項目は体重計や個別の飼槽(飼料を入れる容器)があれば測定可能であるため、農場で測定可能な情報のみでメタン排出量を推定できることがこの式の特徴です。

    ② 標準法で測定した実測値による、推定式の精度検証
    上記①のメタン排出量推定式の精度を検証するために、8頭の黒毛和種肥育牛(平均17か月齢)を使用して、ヘッドボックスを用いた標準法によるメタン排出量実測値と推定式により算出したメタン排出量推定値を比較しました。その結果、提案したメタン排出量推定式の精度が各個体のメタン排出量の違いを捉えるのに十分であることが示されました(図1)。

    図1 標準法(ヘッドボックス法)によって測定したメタン排出量実測値(縦軸)と推定式によって算出したメタン排出量推定値(横軸)の関係
  • 農場において多頭数を対象にスニファー法を実施

    次に、実際の農場でのスニファー法による呼気中のメタン/二酸化炭素濃度比の測定精度を調べるために、ドアフィーダー7)が設置された牛舎の飼槽に簡易な呼気ガス採取装置を取り付け(写真2)、スニファー法によって黒毛和種肥育牛150頭以上から個別に呼気中のメタン/二酸化炭素濃度比を測定しました。

    写真2 スニファー法による黒毛和種肥育牛からの呼気測定
    ※飼槽を覆うシートにチューブを取り付けてポンプでガス分析計に向けて吸引することでメタンおよび二酸化炭素濃度を測定した。
    (参考)スニファー法の流路模式図 : https://www.naro.go.jp/laboratory/nilgs/enteric_methane/method/157046.html
  • メタン排出量削減資材の効果を試験する際に求められる条件

    ① クロスオーバーデザインを想定し、検出力と個体数の関係を計算
    メタン削減を目的とした資材の効果は、個体に対して資材を給与した際のメタン排出削減量によって確認できます。しかし、資材に真のメタン排出量削減効果がある場合でも、試験に供試する個体数が少ないと、削減効果を統計学的に検出できない確率が高まります。本研究では、上記の2.により得たデータに基づいて、メタン削減を目的とした資材の効果を、スニファー法を使用して試験する際の、検出力8)と個体数の関係を計算しました。この計算は、飼養試験においてよく用いられる2×2クロスオーバーデザイン9)を想定して行いました(表1)。

    表1 2×2クロスオーバーデザイン
    ※一期あたり1日2回の測定を計3日間行うと仮定した。

    ② 最適な試験設計の構築に活用可能な個体数の情報
    上記①の想定で、メタン排出量削減資材の効果をスニファー法によって試験する際の検出力と個体数の関係性を示しました(図2)。資材に約15%の真のメタン削減効果(図2の青線)があることを仮定すると、十分な検出力(0.8、図2の破線)の下で試験を行うためには、試験グループあたり3頭以上、すなわち合計6頭以上の個体の使用が推奨されます。資材に約7%の真のメタン排出量削減効果(図2のオレンジ線)がある場合は、試験グループあたり5頭以上、すなわち合計10頭以上の個体の使用が推奨されます。これらの情報は資材のメタン削減効果をスニファー法により農場で調べるときの適切な試験設計の構築に活用できます。適切な設計で試験を実施することによって、科学的な根拠に基づいて資材のメタン排出削減効果の有無を判断することが可能となります。

    図2 メタン削減資材の効果を調べる試験における検出力と個体数の関係
    ※スニファー法によって測定したメタン/二酸化炭素濃度比0.010の削減効果を約15%のメタン排出量削減効果、同濃度比0.005の削減効果を約7%の同排出量削減効果と換算して表記した。
  • ガス分析計の精度に関する留意事項
    本研究では、上記1.および2.でそれぞれ、ZRFガス分析計(富士電機)、GLAポータブルガス分析計(ABB-LGR)を使用しており、いずれの分析計も使用前に測定精度を確認しました。スニファー法において使用するガス分析計の精度によっては、本研究の結果をそのまま適用できないことに注意が必要です。

今後の予定・期待

本成果やウシルーメン発酵由来メタン排出量推定マニュアル(2022)を基にして黒毛和種肥育牛からのメタン排出量削減に関心をもつ研究機関、飼料メーカー等に簡易なメタン排出量推定法の普及を行います。これにより各機関による黒毛和種肥育牛からのメタン排出量削減技術開発の加速化が期待されます。

用語の解説

肥育牛
食肉生産用として増体や肉質の向上を目的として飼育されるウシのことです。[ポイントへ戻る]
チャンバー法
外気の流入と排気が管理されたチャンバーと呼ばれる部屋にウシを入れて排出されたメタンを回収する標準的な測定法です。メタン排出量を正確に測定できますが、施設の建設や運用コストが高いことが欠点です。[概要へ戻る]
ヘッドボックス法
外気の流入と排気が管理されたボックスでウシの頭部と飼槽を覆うことで排出されたメタンを回収する標準的な測定法です。チャンバー法と同様に、施設の建設や運用コストが高いことが欠点です。[概要へ戻る]
スニファー法
海外での呼び方であるsniffer methodに由来します。snifferにはガス漏れ探知機という意味があり、ウシから排出された呼気を全て回収し定量するのではなく、呼気の一部を採取することからsniffer methodと呼ばれています。スニファー法で採取するのは呼気の一部であるため、メタン排出"量"の測定はできませんが、メタン/二酸化炭素"濃度比"の測定は可能と考えられます。スニファー法で測定した呼気中のメタン/二酸化炭素濃度比を体重など他の生体情報と組み合わせることでメタン排出量を推定できます。[概要へ戻る]
呼気中メタン/二酸化炭素濃度比
ウシの消化管内で微生物の発酵産物として生じたメタンや二酸化炭素などのガスはゲップによって、肺由来のガスと混ざって大気中に排出されます。排出されたガス中のメタンおよび二酸化炭素の濃度比を上記4)のスニファー法により測定し、体重など他の生体情報と組み合わせることでメタン排出量を推定できます。[概要へ戻る]
搾乳ロボット
個体が自由に歩行できる牛舎(フリーストール式牛舎)に設置され、搾乳用ボックスに入室した個体を自動で搾乳する施設です。個体の搾乳用ボックスへの訪問を促すため、ロボット内では配合飼料が自動給与され、飼料摂取中に搾乳します。搾乳用ボックス内の飼槽に呼気ガス採取装置を設置することでスニファー法を実施できるため、簡易に多頭数からの呼気測定が可能です。[開発の社会的背景へ戻る]
ドアフィーダー
個体識別可能なドアのついた給餌装置のことです。ドア本体に内蔵された識別装置が各個体の首輪につけられた識別タグに基づいて個体を識別することで、指定された個体のみがドアロックを解除し、飼槽にアクセスできます。群飼下で個体ごとに飼料の種類または量を設定する場合や個体ごとの飼料摂取量を測定する場合に利用されます。[研究の内容・意義へ戻る]
検出力
統計検定において、対立仮説が正しいときに対立仮説を採択する確率を表します。本研究の場合、対立仮説は「資材のメタン削減効果が真に存在する」です。すなわち、資材のメタン削減効果が真に存在するときにその効果を正しく検出できる確率を意味します。[研究の内容・意義へ戻る]
2×2クロスオーバーデザイン
無作為に振り分けた2つグループに対して、異なる順序で2つの処置を割り当てる試験デザインです。すなわち、片方のグループでは1期目が対照区、2期目が試験区、もう片方のグループでは1期目が試験区、2期目が対照区のように処置を割り当てる方法です。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Oikawa et al., Prediction of methane emissions from fattening cattle using the methane-to-carbon dioxide ratio (2023) Animal Science Journal 94:e13828
https://doi.org/10.1111/asj.13828

Oikawa et al., Variation among individual beef cattle in methane‐to‐carbon dioxide ratio measured under on‐farm conditions using the sniffer method(2024)Animal Science Journal 95:e13916
https://doi.org/10.1111/asj.13916