九州沖縄農業研究センター

所長室から

新年の挨拶

九州沖縄農業研究センター所長 井邊 時雄

井邊 時雄明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

今年は、独立行政法人として第二期中期計画が終了し、新たな中期計画が始まる年です。次期中期計画では、九州沖縄農業研究センターとして専門分野のまとまりを重視しながら、農研機構全体としての問題解決型の研究に取り組むという方針で臨みたいと考えています。

専門分野の研究者で問題を解決するには、全員に夢を持って欲しいと思います。その夢を全員で共有する、あるいは少なくともお互いに理解する、ということが大事であると考えています。これから中期目標に対応した中期計画を策定することになりますが、これは現実的な目標です。この目標は当然達成する必要がありますが、私が言っている夢というのは、もっと"夢のある夢"です。

私が若い頃、筑後でイネの育種をやっていたころは、毎日田圃を這いずり回って選抜をやりながら、いつかは理想的な品種を作るんだと夢を見ていました。多収で品質が良くて、病害虫に強い(農薬のいらない)、そんなイネで、しかも圃場で輝いている品種を育成することが夢でした。たぶん育種家はそれぞれの品種の理想型を持っているものと思います。技術開発でも同様でしょう。

実際はそのような夢はなかなか実現されないものです。しかし、長い目でみれば少しずつ前進して行くものです。

そういう例を1つ紹介したいと思います。最近、作物研が育成した「あきだわら」という品種があります。これは非常に多収で食味も良い品種です。たぶん、コシヒカリなんかと比べると2~3割多収です。イネの品種の世界では「2~3割多収」というのは、簡単なことではなくとんでもない数字です。この品種の多収性は、実は「超多収」という随分昔に実施されたプロジェクト研究から始まっています。今から30年近く前に、このプロジェクト研究の中で中国農試が「アケノホシ」という品種を育成しました。この品種は非常に穂が大きく、多収のものでした。しかし、登熟が良くないため収量が安定しない、品質は極不良で食味も悪い欠点がありました。しかし、多収性のさきがけになった記念碑的な品種であると私は高く評価しています。この品種の開発では、国際稲研究所にいた日本人ブリーダーが虫害抵抗性を目的にインディカとジャポニカを交配して育成した系統が交配親に使われていますが、付随的にインディカの穂の大きくなる性質が導入されました。

さて、「アケノホシ」ですが、多収ではありますが、収量が安定しないということもあって、普及しませんでした。そこで穂の大きさを維持したまま登熟と品質を改良できれば安定多収になるものと考えられましたが、これには相当な困難が予想されました。そのような困難が予想される状況で、私の尊敬する先輩の育種家がこの品種を改良するための交配に取り組みました。この取り組みは先輩育種家が指定試験地に異動しても継続して実施しました。残念ながら、そこでも品種にはなりませんでしたが、登熟性を改良することができました。その後、さらにつくばの研究所に異動となり、その後も登熟性を改良した系統を交配に用い安定多収品種の開発に取り組みました。つくばの研究所では、ちょうど海外から帰ってきた私もその品種開発に参加することになりました。この交配から選抜されたのが「ミレニシキ」という品種です。とりわけ穂が大きく、多収で味もそこそこ良い、という長所のある品種でした。この品種は私が室長になったときに登録しました。米の品質があまりよくないという欠点が残っていましたが、画期的な多収品種でした。この品種をさらに交配して選抜した品種が「あきだわら」です。アケノホシから3代目にして、ようやく自信を持って世に問うことのできる品種になったということです。

1つの品種あるいは技術が完成するまでには、このように時間がかかるものです。それぞれの専門分野での経験や知識の蓄積、育種素材などが継承されてできた研究基盤の上に様々な研究成果が開花するのではないかと思います。九州沖縄農研の職員の皆さんには夢を持って、また、それぞれの専門分野で夢を共有することによって仕事を進めてもらいたいと考えています。そうすれば、いつかは夢が現実のものとなり、そうして始めて私たちの研究所が社会に貢献していくことになるものと思います。

農研機構の役割として問題解決型の研究に鋭意取り組む必要があります。そのためには、それを支えるそれぞれの専門分野の研究基盤を大事にしなければなりません。そこでの研究所の役割は、研究環境の整備はもとより、管理職員による指導のみならずメンター制度等を活用した人材養成、さらに経験・知識や研究素材の継承に努めるなど、研究の遂行を支える研究基盤を充実することであると考えています。

私たちの職場は、技術や品種を創造し、夢を実現して社会に貢献する、という職場です。そのことを自覚し、新しい中期計画においても九州沖縄農研の職員一同が努力する所存です。