プレスリリース
(研究成果) 2023年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴

情報公開日:2024年9月24日 (火曜日)

ポイント

  • 2023年シーズンに国内で検出された高病原性鳥インフルエンザ1)ウイルスゲノムを解析し、遺伝子型からその由来を推定しました。
  • 家きん由来のウイルスは、3シーズン連続で検出された遺伝子型と、国外の野鳥由来ウイルスの遺伝子を含む新たに検出された遺伝子型の2種類に分類され、野鳥や環境からは、それら2種類を含む4種類の遺伝子型が検出されました。
  • 野鳥由来の多様なウイルスの出現・国内侵入による家きんでの発生が4シーズン連続していることから、今後も国内家きん飼養施設へのウイルス侵入に対する警戒が必要です。

概要

2023年シーズン(2023年11月25日から2024年4月29日まで)は、11事例の高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)が家きん飼養施設で発生し、国内では初めて4シーズン連続(2020年シーズンから)の発生となりました。

農研機構では国内に侵入する高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)ウイルス2)の全ゲノムを解析し海外のゲノム情報と比較することで、世界規模のウイルスの流行動態のモニタリングを続けています。2023年シーズンのHPAIウイルスについては、家きんから分離された10株のH5N1亜型3)及び1株のH5N6亜型HPAIウイルス計11株の全ゲノム解析を行い、2種類の遺伝子型(H5N1亜型10株はG2d-0、H5N6亜型1株はG2c-12)に分類されることを明らかにしました。そのうち遺伝子型G2d-0は2021年と2022年シーズンにも国内で検出されており、3シーズン連続での検出となりましたが、G2c-12は2023年シーズンに新たに検出された遺伝子型で、一部の遺伝子分節4)が国外の野鳥由来の鳥インフルエンザウイルスに由来していました。鳥インフルエンザウイルスは、カモなどの野鳥集団で感染を繰り返して生存を維持し、渡りに伴い国内に侵入すると推察されています。2023年シーズンに検出されたG2c-12のウイルスも同様に、ウイルスが野鳥集団で感染を繰り返すことで、遺伝子再集合5)が起こり出現した可能性があります。夏季の間に国内の家きんや野鳥からウイルスは検出されていないことから、国内に同じ遺伝子型のウイルスが残っている可能性は極めて低く、国内発生と同時期に国外(韓国)の家きんから、同じ遺伝子型のウイルス(G2d-0、G2c-12)が検出されていることからも、これらのウイルスは2023年シーズンに渡り鳥によって両国に運ばれてきたと推測されます。

一方、環境省が2023年10月4日から2024年4月30日までに回収・採取した156事例の野鳥、野鳥糞便及び湖沼の水などの環境試料からは、H5N1亜型及びH5N6亜型に加え、H5N5亜型のHPAIウイルスが検出されています。そのうち、これまでに農研機構で解析した50事例の検体からは、家きん由来ウイルスと同じ2種類の遺伝子型に加えて、さらに2種類の遺伝子型(G2a-2とG2d-4:ともにH5N5亜型)を検出しました。したがって、2023年シーズンは少なくとも4種類の遺伝子型のウイルスが国内に侵入していたことが明らかになりました(図1)。

また、発生事例の家きんから分離した2種類の遺伝子型の代表ウイルス株について、鶏の自然感染経路である経鼻接種による感染実験を行ったところ、いずれも鶏に対して高い致死性を示し、遺伝子型による差異はありませんでした。なお、2023年シーズンに分離された株の推定アミノ酸配列解析の結果、一部のウイルスを除いて抗ウイルス薬への耐性及び哺乳類でのウイルス増殖に関連する変異は見つかっておらず、これらのウイルス株が直ちにヒトでの流行を引き起こすリスクは低いと考えられます。

2023年シーズンの家きん飼養施設での発生事例数は前シーズンの84事例と比較して大幅に減少したものの、野鳥での検出事例数は過去4シーズンの中で2番目に多いものでした。HPAIウイルスの全ゲノム解析により、2023年シーズンの家きん由来ウイルスは国内に飛来する野鳥集団で維持されており、野鳥及び野鳥の生息環境中のウイルス濃度の高まりが4シーズン連続発生の一要因となったことが推測されました。今もなお世界ではHPAIの感染が継続的に報告されていることから、今後もより一層、農場へのウイルス侵入に対する警戒が必要です。

図1. 遺伝子解析から推定される国内へのHPAIウイルスの移動経路
2023年シーズンには、家きん由来HPAIウイルスから2種類の遺伝子型(G2d-0:H5N1亜型、G2c-12:H5N6亜型)が見つかりました。さらに、野鳥・環境試料由来HPAIウイルスからは別の2種類の遺伝子型(G2a-2、G2d-4:ともにH5N5亜型)が見つかり、少なくとも合計で4種類の遺伝子型のウイルスが国内に侵入していました。韓国の家きんからも、同じ遺伝子型(G2d-0、G2c-12)のウイルスが検出されています。

関連情報

予算 : 農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業」のうち、「新たな感染症の出現に対してレジリエントな畜産業を実現するための家畜感染症対策技術の開発」(JPJ008617.23812859)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長内田 裕子
同 グループ長補佐宮澤 光太郎
同 研究員熊谷 飛鳥・研究員西浦 颯
広報担当者 :
同 疾病対策部 疫学情報専門役吉岡 都

詳細情報

背景

家きん飼養施設でのH5亜型HPAIウイルス感染が、2023年11月25日から2024年4月29日までに10県で11事例確認されました。これにより、国内初となる4シーズン連続(2020年シーズンから)の発生となりました。また、2023年シーズンには、野鳥、野鳥糞便及び湖沼の水などの環境試料からも28都道府県156事例でHPAIウイルスが検出されています。2020年シーズン以来、2023年シーズン(2023年秋~2024年春)の家きん飼養施設での発生事例数は最も少ない一方で、野鳥等からの検出については2番目に多い事例数でした。家きん飼養施設で確認されたウイルスの亜型はH5N1亜型とH5N6亜型の2種類であり、野鳥検体からはそれらに加えてH5N5亜型も確認されました。

今回、農研機構では、2023年シーズンのHPAI発生要因を探るための情報として、全ゲノム解析によるウイルスの遺伝子型からその由来を推定するとともに、鶏におけるウイルス感染動態を解析しました。

研究の内容・意義

  • 2023年シーズンは国内に少なくとも4種類の遺伝子型のウイルスが侵入(図2)
    2023年シーズンに家きんから分離された鳥インフルエンザウイルスは、H5N1亜型(10事例)及びH5N6亜型(1事例)HPAIウイルスであることが確認されました。今回、11事例全てのウイルスについて全ゲノムの解析を行い、HA分節の遺伝子系統樹解析から、H5N1亜型及びH5N6亜型HPAIウイルスは既に国内で報告されている2つのグループ、G2d及びG2cにそれぞれ分類されることが明らかになりました(参照プレスリリース①)。さらに、8本全ての遺伝子分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、M及びNS)の遺伝子系統樹解析を行い、それらの遺伝子分節の組み合わせに基づき遺伝子型を決定した結果、2021年シーズンより3シーズン連続して検出されたG2d-0(参照プレスリリース②)及び新たに分類されたG2c-12の計2種類に分類されました。
    次に、野鳥、野鳥糞便及び環境試料から分離された鳥インフルエンザウイルスのうち、H5N1亜型、H5N6亜型及びH5N5亜型に分類されたHPAIウイルスの一部(50事例由来)について同様に解析したところ、家きん分離ウイルスと同様にH5N1亜型のウイルスはG2d-0に、H5N6亜型のウイルスはG2c-12に分類されました。さらに、H5N5亜型のウイルスは、これまでに国内で確認されているHA遺伝子グループG2aとG2d(参照プレスリリース③、④)のそれぞれ新たな遺伝子型であるG2a-2とG2d-4に分類されました。これらのことから、2023年シーズンは国内に4種類の遺伝子型のウイルスが侵入していたことを明らかにしました。

    ① 2023年10月10日プレスリリース(2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスは遺伝的に多様である-3グループ17遺伝子型に分類 様々な野鳥のウイルスに由来-)
    https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/160029.html

    ② 2023年11月1日プレスリリース(2023年10月北海道のカラスから検出されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴)
    https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/160351.html

    ③ 2021年3月10日プレスリリース(今季国内の高病原性鳥インフルエンザウイルスの遺伝的多様性)
    https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/138711.html

    ④ 2022年9月20日プレスリリース(2021年シーズン国内発生高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴)
    https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/154722.html

    図2. 全ゲノム解析に基づく2023年シーズンH5亜型HPAIウイルスの分類
    2023年シーズンの家きん由来HPAIウイルスは、HA遺伝子の解析によりG2d及びG2cのグループに分類され、全ゲノム解析によりそれぞれのグループでG2d-0及びG2c-12の各1種類の遺伝子型に分類されました。野鳥・環境試料由来HPAIウイルスは、それらの遺伝子型ウイルスに加え、G2aグループの遺伝子型G2a-2及びG2dグループの遺伝子型G2d-4の遺伝子型も見つかっています。遺伝子型G2d-0は国内で初めて3シーズン連続して検出された遺伝子型となりました。
  • 様々な野鳥由来鳥インフルエンザウイルスとの遺伝子再集合が明らかに
    2023年シーズンに新たに検出された遺伝子型G2c-12についてより詳細に解析した結果、8本の遺伝子分節のうち、NP及びNS遺伝子分節は野鳥由来の鳥インフルエンザウイルス、NA遺伝子分節は2021年シーズンに中国で検出されたHPAIウイルス、その他の遺伝子分節は2022年シーズンに日本で検出されたHPAIウイルス(G2cグループ)と近縁な遺伝子分節が遺伝子再集合していることがわかりました(図3)。このことは、HPAIウイルスが日本を含む世界各地からシベリアの野鳥の繁殖地に渡り鳥とともに移動し、鳥インフルエンザの自然宿主である野生カモ類等が持つ鳥インフルエンザウイルスと共に感染することで遺伝子再集合を起こして出現した可能性を示唆しています。
    図3. 2023年シーズンの国内の家きんで新たに検出されたH5N6亜型HPAIウイルス(G2c-12)の遺伝子分節構成
    2023年シーズンに国内で初めて検出された遺伝子型G2c-12のウイルス株は、2022年シーズンに国内で流行したH5N1亜型G2cグループの複数ウイルス株に由来したと考えられる遺伝子分節を5本、2021年シーズンに中国の家きんで検出されたH5N6亜型HPAIウイルスに由来する遺伝子分節を1本、野鳥で検出された鳥インフルエンザウイルスに由来する遺伝子分節2本(それぞれ由来が異なる)を保有していた。
  • 家きん由来ウイルスの鶏における病原性
    家きん由来の遺伝子型G2d-0とG2c-12の代表ウイルス株について、鶏を感染・致死させるのに必要十分量である106 EID50 6)を鶏に経鼻接種したところ、遺伝子型G2d-0のウイルス株では接種した鶏は5羽全て、遺伝子型G2c-12のウイルス株では5羽中4羽が死亡しました。また、遺伝子型G2d-0及びG2c-12で、ウイルス接種から感染により死亡するまでの平均死亡日数はそれぞれ2.7日及び2.3日、50%鶏致死ウイルス量(CLD50)7)はそれぞれ104.5 EID50及び104.6 EID50でした。これらのことから、両遺伝子型のウイルスは高病原性であり、病原性に大きな差がないことが判明しました。
    なお、3シーズン連続で検出された遺伝子型G2d-0のウイルス株について、2021年シーズン及び2022年シーズンに分離されたウイルス株を用いた鶏接種試験の結果と比較すると、致死率、平均死亡日数そしてCLD50に大きな違いはなく、分離年度の差異による病原性の変化は認められませんでした。
    遺伝子型G2c-12ウイルス株接種鶏のうち1羽が感染せずに生存したものの、遺伝子型G2d-0またはG2c-12ウイルス株を接種し感染した個体は全て死亡していること、家きん飼養施設での発生事例では時間の経過とともに死亡羽数が増加していたことなどから、2023年シーズン発生においても、死亡羽数の増加はHPAI疑いの早期発見・早期通報のための重要な指標であったと考えられます。
  • 2023年シーズンの家きん由来ウイルスがヒトでの流行を引き起こすリスクは低い
    2023年シーズンに分離した家きん由来ウイルスの推定アミノ酸配列では、2事例を除き、既存の代表的な抗ウイルス薬への耐性や哺乳類でのウイルス増殖に関連する変異はみつかりませんでした。ヒトの季節性インフルエンザウイルスで報告された抗ウイルス薬の感受性を低下させる変異が1事例の分離ウイルスで、哺乳類で増殖しやすくなる変異が1事例の分離ウイルスで認められましたが、哺乳類への感染性に関与するその他の代表的な推定アミノ酸配列には変異は認められませんでした。これらのウイルスが直ちにヒトでの流行を引き起こすリスクは低いと考えられますが、引き続き監視が必要です。
  • 2023年シーズンのウイルスの多様性
    2023年シーズンは、遺伝子再集合を起こした新たな遺伝子型のウイルス(G2c-12、 G2a-2、 G2d-4)が3種類国内に侵入しており、野鳥集団の間で様々なウイルスの感染頻度が高まることにより遺伝子再集合が起きることで、新たなウイルスが誕生した可能性が示唆されました。一方、3シーズン連続して検出された遺伝子型のウイルス(G2d-0)は野鳥集団等で維持されやすい特性を持つことが示唆されます。今後の発生要因となる可能性があることから、更なる解析が必要です。

今後の予定・期待

農研機構は国内に侵入するHPAIウイルスを迅速に全ゲノム解析し、海外のゲノム情報と比較することで、世界規模のウイルス流行動態の把握に貢献しています。今回明らかになったHPAIウイルスの全ゲノム配列の解読・遺伝子解析及び鶏への病原性に関する情報を踏まえ、農研機構の動物衛生高度研究施設8)においてHPAIウイルスのウイルス学的性質に関する研究を迅速に推し進めることで、診断体制を含む国内の高病原性鳥インフルエンザ防疫体制の一層の強化につなげます。

用語の解説

高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)
高病原性鳥インフルエンザウイルスによって引き起こされ、鶏に高い致死率を示す家きんの疾病で、家畜伝染病予防法により家畜伝染病に指定されている(https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/attach/pdf/index-49.pdf)。
原因ウイルスは、野生の水きん(カモ)類由来のA型インフルエンザウイルスが家きんの間で感染を繰り返すうちに、野鳥や家きんに高い病原性を持つように変異したもので、野鳥に対する病原性は鶏と異なる。[ポイントへ戻る]
高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIウイルス)
国際獣疫事務局(WOAH)の規定による分離ウイルスの鶏への静脈内接種試験やHAタンパク質の開裂部位における連続した塩基性アミノ酸配列の存在によって判定される、鶏に高い致死率を示すA型インフルエンザウイルス。H5及びH7亜型の一部のウイルスが主。[概要へ戻る]
(A型インフルエンザウイルスの)亜型
インフルエンザウイルスの表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク質:HA、ノイラミニダーゼタンパク質:NA)の種類に基づくウイルスの分類型。HAにはH1からH18まで、NAにはN1からN11までの亜型が存在する。A型インフルエンザウイルスの種類はそれぞれの亜型を組み合わせて、H1N1、H5N1等と記載する。[概要へ戻る]
遺伝子分節
新型コロナウイルスなどではウイルスゲノムは一本につながっているが、インフルエンザウイルスではウイルスゲノムが複数の断片に分かれて存在する。このようなウイルスゲノムのそれぞれの断片を遺伝子分節という。インフルエンザウイルスでは、8本の遺伝子分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、M及びNS)が存在する。[概要へ戻る]
遺伝子再集合
ある個体に2種類のウイルスが感染し1つの細胞内でウイルスの増殖が起こると、2つのウイルスに由来する遺伝子分節が組み換えられて新たな遺伝子分節の組み合わせを持ったウイルスが出現することをいう。鳥インフルエンザウイルスは8本の遺伝子分節による遺伝子再集合が起こるため、多様な組み合わせのウイルスが出現する。[概要へ戻る]
EID50(50% Egg Infectious dose)
50%鶏卵感染ウイルス量。肉眼で見えないウイルスの定量手法の一つで、発育鶏卵への感染成立の有無で評価する。具体的には、様々な希釈濃度のウイルス液を複数個の発育鶏卵に接種、各希釈倍率における感染鶏卵の割合を確認し、その結果を基にEID50 を計算する。1 EID50は、ウイルスを接種した発育鶏卵の50%を感染させる能力を有するウイルス量。[研究の内容・意義へ戻る]
50%鶏致死ウイルス量(CLD50:50% Chicken Lethal dose)
ウイルスの定量手法の一つで、EID50と同様に、様々な希釈濃度のウイルス液を鶏に接種することで算出される。1 CLD50は鶏の50%が死亡するウイルス量と考えられる。実際の鶏への感染性や病原性を評価する際に重要な指標となる。[研究の内容・意義へ戻る]
動物衛生高度研究施設(図4)
HPAIウイルスなどのBiosafety level 3(BSL-3)にあたる畜産上重要な感染症病原体を取り扱うことが認められた農研機構内の高度封じ込め実験施設。WOAH並びに世界保健機構(WHO)のラボラトリー・バイオセイフティー基準に適合した国内有数規模を誇るBSL-3施設。[今後の予定・期待へ戻る]
図4. 動物衛生高度研究施設